「マニュアル頼り」は本当にダメなのか?
マニュアルに準じた通り一遍の対応や作業しかできない、いわゆる「マニュアル人間」に良い印象を持っている人はほとんどいないでしょう。「マニュアル」そのものの有用性を疑問視する声もゼロではありません。
例えば、「マニュアル通りにしか動けなくなる」「柔軟性がなくなる」という心配です。実際はどうなのか――答えはノーです。マニュアルは考え方や作り方さえ間違わなければ、むしろ優秀な人材を育成する手助けになります。
ではなぜ、マニュアルに頼るとダメだと思われてしまうのでしょうか?正しいマニュアルの活用法とともにお伝えします。
目次
なぜマニュアルに頼ると「ダメ」だと言われるのか?
マニュアルは発端からして嫌われていた
冒頭でもお伝えした通り、「マニュアル人間」は悪い意味で使われる言葉です。例えば、従業員がマニュアル通りにしか行動せず、お客さんに対して柔軟な対応をしないようなケースで「あの人はマニュアル人間だなあ」と言ったりしますよね。
実際、マニュアル頼りで業務をすると、以下のような弊害が起きます。
- マニュアル通りに行動するのが目的になる
- 自由な発想が生まれない
- 指示待ち人間になる
- ミスがあったときにマニュアルのせいにする
実はこうした懸念や批判は、マニュアルが登場した当初から囁かれていました。マニュアルの原型は、アメリカの機械技師で経営学者だったフレデリック・テイラー氏が20世紀初頭に提唱した「テイラー・システム」だといわれます。
これは工場を管理するための方式のことで、別名「科学的経営管理法」。「労働者の1日の作業量や作業手順を標準化し、生産性を高めよう」という試みで、現在のマニュアルの考え方にも通じます。
当時の欧米諸国は産業革命によって機械化が進み、大量生産が求められていました。一方で工場における業務の進め方や評価方式には統一性がなく、経営者と労働者の間には軋轢が生まれていたそうです。
そんな状況を打破するために生まれたのがテイラー・システムだったのですが、効率を重視していたがゆえに、「人間を機械のように扱っている」「不測の事態に対応する柔軟性が失われる」といった批判がありました。
マニュアルは最初の登場からして、批判がつきものだったのです。
1970年代、日本に登場したマクドナルドのマニュアル
日本でマニュアルといえば、「スマイル0円」のフレーズでもおなじみのマクドナルドのマニュアルを真っ先に思い浮かべる方も多いかもしれません。
日本の外食産業においてマニュアルが登場したのは、1970年代頃です。マクドナルドの1号店も1971年にオープンしました。
お客様への接客対応はもちろん、商品の調理手順まで細かく標準化したマクドナルドのマニュアルはまたたく間に話題になり、世間一般的にもマニュアルの存在が認知されるようになりました。
ファストフードのように「均一なサービス」を「低コスト」で提供するビジネスモデルにマニュアルは必要不可欠な存在だったのですが、マニュアルによる画一的な対応が広がった結果、不満も生み出しました。
「機械的な『いらっしゃいませ』は心がこもっていない」
「ちょっとした気遣いをしてくれない」
「困ったことがあっても臨機応変に対応してくれない」
このような、ある意味「思考停止している」と受け取られてしまう接客対応への不満が、「マニュアル人間は使えない」というネガティブイメージにつながっていったのです。
「若い頃の苦労は買ってでもしたほうがいい」という思想
もう一つ、マニュアルが嫌われがちなケースを考えてみましょう。それは、企業の先輩社員・上司とその後輩・部下とで、教育のされ方が違う場合です。
例えば、先輩や上司の人たちが厳しい指導のもと、間違いや苦労を重ねながら培ってきた業務ノウハウがあるとします。今後は効率的な教育のために、一連の業務をマニュアル化することになった――そんなとき、先輩や上司の中にある心理が発生します。
「俺の時代はマニュアルなんてなくてもやれていた、本当に必要なのか?」
「自分で悩みながらスキルを習得しないと意味がないんじゃないか?」
「若い頃に苦労をしておかないと、後で苦労するのになあ……」
これらは総じて、「マニュアルに頼って楽をしても、身にならないはずだ」という思い込みです。
こうした心理に陥りがちなのは、人は自分が労力を払って得たもののほうが価値が高いと感じるからです。例えば同じラーメンでも、行列に並んで食べた商品のほうが美味しいと感じるのは、「並んだ」という労力が無駄だったと思いたくないから働くバイアスですよね。
同じように、後輩や部下がマニュアルで楽をしているように感じると、自分の努力が無駄だったように思えて、マニュアルへの忌避感につながってしまうのです。
マニュアルは正しく活用すれば有益である
では実際に、マニュアルは悪しき存在なのでしょうか?マニュアル人間を生み出す可能性があるのかどうかと言われれば、もちろんあります。
しかしこれは、マニュアル自体の内容が悪かったり、マニュアル化すべきではない業務までマニュアル化してしまったりしているケースに限ります。大事なのは業務の中の「何」を「どのように」マニュアル化するのかであって、マニュアルの存在自体が悪いわけではありません。
実際、マニュアルが大量生産・大量消費の時代の大きな手助けになってきたのは事実です。短期間で業務に必要な知識やスキルを身に付け効率的に働く上で、マニュアルは非常に有益なのです。
マニュアルを正しく活用さえすれば、テイラー・システムが目指したような高い生産性も実現できます。教育面から見ても、むしろ「王道」のやり方で、素早く優秀な人材を輩出できるようになるでしょう。
本当に「できる」人を育てるマニュアル活用
基礎はマニュアル化し、応用はたっぷり経験させる
正しいマニュアル活用の方法を知るために、まずは人が仕事をする上でどのように成長するのかを考えてみましょう。
どんな仕事でも、まずはベースとなる基礎知識が必要です。基礎をしっかり頭に入れたらその知識を応用して、細かなケースにも対応できるような実践力を身に付けていきます。仕事でクリエイティブを発揮するために重要なのは、この実践力です。
基礎を身に付けて応用する。この流れにおいてマニュアルがカバーすべきなのは、「基礎」の部分です。
業務における「基礎」がどのような内容なのかを判別するには、以下の3つの区分を用いるとわかりやすくなります。
- 感覚型:知識や経験を基に柔軟な判断が必要な業務
- 選択型:ある一定のパターンから最適な選択が必要な業務
- 単純型:誰がやっても同じ結果になる単純な業務
例えば特定の商品の見積書作成は、選択型や単純型に入ります。顧客の状況に合わせたソリューションの提案は、感覚型の業務といえるでしょう。
基礎にあたるのは「選択型」と「単純型」の業務です。これらは仕事を回すためのベースとなる部分ですから、マニュアルで素早く身に付け、効率的にこなすべき領域です。
実際、簡単な見積書作成業務を習得するために、いちいち従業員を迷わせたり苦労をさせたりするのはナンセンスですよね。こういった業務はマニュアル化して短期間で身に付けてもらい、本当に「苦労して習得したほうがいい業務」――上記の例で言うなら、「顧客の状況に合わせたソリューションの提案」の経験を豊富に積ませるべきです。
選択型、単純型の業務なら必要な手順も求める結果も明確ですから、マニュアル化もしやすいはず。「マニュアルさえ見れば誰にでもできる」状態はすぐに作れます。
逆に感覚型の業務を無理にマニュアル化すると膨大なパターンを網羅できず、いわゆる「画一的な対応しかできないマニュアル人間」を作ることになり、失敗します。
正しいマニュアル活用は伝統的な「守破離」の考えにも通じる
実は上記のような「基礎を学び応用する」という考え方は、芸事などにおける修行や文化継承の考え方「守破離」にも通じます。
守破離とは千利休の「規矩(きく)作法 守り尽くして破るとも 離るるとても本を忘るな」という言葉が元になったものです。
- 守:師匠や流派の教えや型、技を忠実に守る
- 破:ほかの流派や師匠の考えの良いところを取り入れる
- 離:独自に新しいものを生み出す
改めて仕事に置き換えるなら、先輩や上司が苦労して作り上げてきたノウハウを「守」として確実に身に付けてもらい、新たな応用「破」「離」へと発展させていってもらうイメージですね。
新人や後輩がより良い仕事をするために必要な最初の「型」こそが、マニュアルなのです。
カーナビを例に考えるマニュアルの有用性
それでもまだ、「本当にマニュアルに頼っていていいの?」と思う方はいるかもしれません。
基礎は苦労して覚えなくていいのか。
マニュアルを使っていて、本当に応用力は身に付くのか。
これらの疑問について、カーナビを例に考えてみましょう。
カーナビはご存知の通り、車で自分が行きたい場所に到達するまでの道のりを示してくれるツールです。
初めて行く場所を目指すとき、カーナビは大いに役立つでしょう。その土地に詳しくない人でも、カーナビの手助けがあればきちんと最短距離でゴールにたどり着けます。
カーナビがない場合は、何度も看板を確認し、迷ったり道を間違えたりして、ようやくゴールにたどり着くことになります。
得られる結果はどちらも同じです。違うのは、「ゴールにたどり着く」という結果を得るために必要なリソースだけです。わざわざ苦労して迷う過程には、ほとんど意味がありません。
では、何度も同じ場所に行くケースではどうでしょうか。
カーナビがあれば、すでに最短距離や周辺の地図情報は頭に入っているはずです。2回目も3回目も、同じように最短距離でゴールにたどり着けるでしょう。4回目はカーナビの手助けもいらないかもしれません。
「目的地に着く」こと自体にはほとんど労力を割かなくていいわけですから、道中でお腹が減ったら、美味しそうなレストランを見つけて寄り道できるかもしれません。いつもの道が工事中なら、地図を思い浮かべて別のルートを使えるでしょう。新しい道路を発見したら、より効率的なルートを探れるかもしれません。
カーナビというマニュアルによって基礎知識を習得しているからこそ、応用する余裕が生まれるわけです。
むしろカーナビがなかったら、街の全体像がわからず、いつも同じ道しか使えないドライバーになってしまうかもしれません。新しいルートを見つけるのも一苦労ですし、目的地までの行き方をほかの人に伝える――仕事でいうなら、引き継ぎや新人教育をするのも口伝えになり、非常に非効率的です。
せっかくカーナビという便利な道具があるのですから、活用しない手はありません。マニュアルもカーナビと同じく、便利な道具として上手に使いこなすのが一番です。
まとめ
マニュアルにはネガティブなイメージがつきもので、実際に活用方法を間違えると「マニュアル人間」を生みかねないデメリットがあります。マニュアルが本来達成したい「業務の効率化」「生産性の向上」「従業員の適切な育成」といった成果も得られないでしょう。
大切なのは、マニュアルという便利な道具を上手に使いこなすことです。適切な内容をわかりやすくマニュアル化すれば、強い武器になります。「守破離」の考え方にもあるように、仕事は基礎があってはじめて応用ができるようになるもの。まずはマニュアルで、基礎を効率的に身に付けられるようにするのが肝要です。