リスキリングとは?意味や導入のステップ、助成金まで紹介
デジタル技術の急速な発展により、ビジネスのあり方だけでなく、従業員に求められるスキルや役割も大きく変わっています。しかし、従来の人材を入れ替えるだけでは解決しない問題も多くあります。そんな中で注目されているのが、既存の従業員を新たなデジタル人材へと育成する「リスキリング」です。
この記事では、リスキリングの定義やその導入方法、企業にとってのメリットと注意点について解説します。また、具体的な企業事例や支援制度など、リスキリング導入を検討する際に役立つ情報を提供します。
目次
「リスキリング」とは必要なスキルを再習得すること
リスキリング(英:Re-skilling)とは、従業員が新しい業務や変化するビジネス環境に適応するために、必要な知識やスキルを学び直すことを指します。DXが進む近年では、特に企業が既存の人材にデジタルスキルを習得させる場面でよく使われる言葉です。
経済産業省の定義
経済産業省ではリスキリングを、「新しい職業に就くため、あるいは今の職業で必要なスキルの大幅な変化に適応するために、必要なスキルを獲得する/させること」と定義しています。社会全体での生産性向上や賃上げの実現を目指せるものとして、推奨されています。
引用元:第2回 デジタル時代の人材政策に関する検討会 資料2-2 石原委員プレゼンテーション資料│経済産業省
リスキリングとリカレント教育、生涯学習との違い
リスキリングと同じく社会人の継続的な学びを指す言葉に「リカレント教育」や「生涯学習」があります。しかし、以下で示すように、それらは「どのように学ぶのか」「何を学ぶのか」などに違いがあります。
リカレント教育との違い
リスキリングは、企業が主体となり、従業員に新たな技能や知識を提供する教育です。多くの場合、従業員は実務を続けながらスキルを習得します。
一方、リカレント教育は、従業員が現職を一時的に離れ、大学やビジネススクールなどで学び直すことを指します。学習後、元の職場に復帰する場合や、新たな職を探す場合もあります。
リスキリングが企業主導なのに対し、リカレント教育は従業員による自発的な学びである点が大きな違いです。
生涯学習との違い
生涯学習とは、職業的なスキルの習得に留まらず、充実した人生を送るためにさまざまな分野の知識を学んだり、チャレンジしたりすることを指す言葉です。学校教育、スポーツ、文化活動、ボランティア、趣味に至るまで、人生を通じて多様な学習を続けることが生涯学習の目的です。
これに対してリスキリングは、仕事上のキャリアで必要なスキルを得るための学びを指します。学習の範囲に制限がない生涯学習と比較して、リスキリングでは学ぶ対象が職業人として役立つスキルに限定される点が異なります。
リスキリングが注目されている理由
リスキリングは、特にDX人材の育成において欠かせない手法として注目されています。技術革新が急速に進む中、世界的には第4次産業革命、日本国内では「新しい資本主義」の実現に向けて、労働者が新たなスキルを習得し、変化に対応する必要性がますます高まっています。
世界的な視点:第4次産業革命への対応
現在では、さまざまな業務やサービスでデジタル活用が急激に進んでおり、こうした流れは第4次産業革命(インダストリー4.0)とも呼ばれています。
しかし、DXを成功させるには一部の業界や技術者だけでなく、幅広い業種・職種の企業や従業員がDXへの理解やスキルを深め、現場でデジタル技術を使いこなせるようになる必要があります。そのため、既存の人材をデジタル人材へと育成する方法として、リスキリングへの注目が高まっています。
2020年のダボス会議(世界経済フォーラム年次総会)では、世界中に広がる第4次産業革命に対応するため、2030年までに10億人の人々にリスキリングを提供する目標が掲げられました。
このような世界的な流れに適応するために、日本でも経団連が2020年11月にリスキリング推進を提唱し、経済産業省は2021年2月から「デジタル時代の人材政策に関する検討会」を開催しました。政府主導でデジタル人材育成が進められ、2023年には「リスキリングを通じたキャリアアップ支援事業」も開始されています。
参照元:新成長戦略|経団連
参照元:リスキリングを通じたキャリアアップ支援事業|経済産業省
日本の視点:新しい資本主義の実現
「新しい資本主義」の実現に向け、2022年に岸田総理大臣(当時)が個人へのリスキリング支援の必要性を強調しました。この方針は、内閣官房が発表した「新しい資本主義のグランドデザイン」にも明記されています。
日本では就職後の学び直し慣行が弱い現状があるため、政府は労働者が生活の安定性を維持しつつ、リスキリングを進められる体制の強化を目指しています。
また、企業支援策の見直しや、ジョブ型人事の導入を進める企業の先進的取り組みを横展開し、兼業や副業の促進、アプレンティスシップ(給与を支払いながらリスキリングを行う制度)の導入も検討されています。
さらに、雇用調整助成金の見直しや、産学官連携によるリスキリングプラットフォームの構築が進められ、全世代のスキル向上を支援する体制が整えられつつあります。
参照元:新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画(2024年改訂版)|内閣官房 17ページ
リスキリングの導入で得られるメリット
リスキリングによる人材育成を通じて、従業員個人のスキルアップだけでなく、企業側もさまざまなメリットを得られます。
採用コストの削減
企業は既存の人材にリスキリングを行うことで、自社に必要なスキルを持つ人材を新たに採用するコストの削減が可能です。
これは、特にデータサイエンティストやエンジニアなどのDX人材を確保する際に、大きな利点があります。というのも、DX人材は多くの企業において需要があり、十分な人材獲得をするためには膨大なコストが発生する恐れがあるからです。
しかし、自社の既存人材をDX人材として育成する方法を採用した場合、採用活動にかかるコストを抑えられます。
業務の効率化
リスキリングに成功した人材によって、業務の効率化ができる点も大きなメリットです。
DXは、これまで人の手で行ってきた作業の自動化・省人化が実現するため、劇的な業務効率化を図れます。その結果、これまで手作業に費やされていた労力や時間は軽減され、それらのリソースをより生産性の高いコア業務に投じることが可能です。
業務効率化によって時間外労働が短縮されれば、人件費の削減や従業員のワークライフバランス改善などの効果も期待できます。
従業員のキャリア育成
リスキリングは従業員のキャリア育成にもつながります。各従業員は新たなスキルの習得に伴い、キャリアの可能性を広げられます。企業側としても、さまざまな業務に対応できるスキルを持った従業員がいると、社内の人員調整をしやすくなる点は大きなメリットです。
従業員のエンゲージメント向上
リスキリングにより従業員に学びの機会を提供して、キャリア形成を支援することで、従業員エンゲージメントの向上が可能です。従業員のモチベーションを維持し、業務への取り組み方を積極的に変えるきっかけとなります。結果として、効率化や生産性の向上にもつながり、企業全体のパフォーマンスを押し上げる効果が期待されます。
従業員エンゲージメントについて詳しく知りたい方は、以下の記事もご覧ください。
https://biz.teachme.jp/blog/engagement/
リスキリング導入のステップ
リスキリングの導入に際しては、ステップバイステップで計画的に準備を進めることが重要です。5つのステップで解説します。
ステップ1:目的・対象を明確にする
リスキリングを導入する際には、最初にその目的や対象を明確にする必要があります。また、定めた目的を従業員に説明し、共有することも大切です。リスキリングを導入する背景やリスキリングの最終目的を説明し、実際に行う従業員の理解が得られると、目的が達成しやすくなります。
リスキリングでは、従業員が従来の業務をこなしながら、新しいスキルを学ばなければなりません。業務上の負担が増加するため、リスキリングに積極的に取り組んでもらうためには、従業員にもメリットがあることを説明し、納得を得てから導入することが重要です。
ステップ2:従業員の既存スキルを見える化する
リスキリングの具体的な教育・研修プログラムを考える前段階においては、各従業員がどのようなスキルを保有しているのか、習熟度はどのくらいなのか、今後はどんなスキルが必要になるのか、といった現状を洗い出す必要があります。
それぞれの従業員がどのようなスキルが必要であるかを把握することで、必要なスキルと現在のスキルとのギャップが分かり、学習プログラムに反映できます。
また、目的とするキャリアを形成するには、どのスキルを獲得しなければならないのかを従業員自身が把握することも重要です。ツールなどを活用してスキルマップを作成するなどの方法によって、従業員が現在のスキル状況を確認しながら、自発的な学習へと促す施策が効果的です。
ステップ3:教育プログラムとコンテンツを決める
ステップ2で洗い出した既存スキルをもとに、各従業員に必要なスキルを習得させるための教育プログラムを選びます。学習方法には、研修会やオンライン講座、eラーニングなどさまざまな形式があるため、従業員の特性に合ったものや、業務に負担がかからないものを選択することも重要です。
教育プログラムを自社で構築するケースもありますが、それには十分な知識と高額のコストがかかります。近年ではリスキリング向けのeラーニングや研修などのサービスが充実しているため、自社の業務内容・学習方法に適合した教育プログラムを、社外サービスの中から見つけることはそれほど難しくありません。適切な教育プログラムを選び、リスキリングに活用しましょう。
ステップ4:学習環境を整備する
リスキリングは、通常の業務をこなしながら学習する教育手法です。そのため、リスキリングを導入する場合は、就業時間内に学習時間を設ける必要があります。従業員に過重な負担がかからないよう、業務量などを調整して、無理のないスケジュールで学習時間を設定しなければなりません。
就業の合間に学習できる環境の構築も重要です。普段の業務で使用するアプリケーションから、学習プログラムへ簡単にアクセスできるシステムや、従業員のスキルを随時確認できる学習システムの導入など、業務と学習の両立がしやすい環境を整備すると、学習時間を確保しやすくなります。
ステップ5:スキル・知識を実践で活用させる
学習プログラムの実施を通して、従業員がスキルや知識を獲得した後は、それらを実践に活かして実用レベルの力を身につけさせる必要があります。必要な知識が得られたとしても、実際の業務でうまく活用できないのであれば、十分にスキルを習得したことにはなりません。
ただし、身につけたスキルを活用できるシステムが導入されていないなど、実践で使えないケースもあります。そのような場合は、実践になるべく近いトライアル環境を整備するなど、習得スキルをさびつかせないための施策が必要です。
リスキリングはどの分野で導入すべき?おすすめは「デジタルスキル標準」
リスキリングを導入する分野として、特にITやAIなどのデジタル分野がおすすめです。経済産業省が推進するDXは、多くの企業が競争力を高めるために不可欠な要素となっています。こうした技術を身につけることは、ビジネスパーソン全体にとって大きな価値があります。中でも経済産業省の「デジタルスキル標準」は、リスキリングを進める上で参考にできる指標のひとつです。
デジタルスキル標準とは、「DXリテラシー標準」と「DX推進スキル標準」の2つで構成されており、DXリテラシー標準はすべてのビジネスパーソンがDXに関する基礎的な知識やスキル、マインドを身につけるための指針です。DX推進スキル標準は、企業のDX推進に向けて専門知識を持った人材を育成・採用するためのガイドラインとなっています。
参照元:デジタルスキル標準|経済産業省
これらのスキルを向上させるための資格として、「ITパスポート」や「DX検定」などが挙げられます。資格を取得する過程で、DX推進に貢献できる人材育成が可能です。 また、地域によってはDX関連の助成金も活用できる場合があります。
リスキリング導入時に使える助成金
企業がリスキリングを導入する際には、国や地方自治体が提供する助成金や補助制度を活用することで、経済的な負担を軽減できます。これにより、企業は従業員に新たなスキルを提供し、競争力を高めるための訓練を実施しやすくなります。以下では、代表的な支援制度を紹介します。
人材開発支援助成金
厚生労働省の「人材開発支援助成金」は、従業員に対して、職務関連の専門知識やスキルを習得させるための職業訓練を実施する際、その訓練にかかる経費や訓練期間中の賃金の一部を助成する制度です。2022年から2026年度の期間限定で創設されました。従業員のスキルアップとキャリア開発を促進し、企業の競争力を高めることが目的です。
目的や訓練内容などに応じて、7つのコースが用意されています。その中でも「事業展開等リスキリング支援コース」は、新規事業や事業拡大に伴う従業員のスキル習得を支援します。
参照元:人材開発支援助成金|厚生労働省
DXリスキリング助成金
東京都が提供する「DXリスキリング助成金」は、都内に本社または事業所を持つ中小企業を対象に、DX関連の教育訓練費用を助成する制度です。この助成金は、DX推進を目指す企業に対して、知識・技能の習得を目的とする訓練経費の4分の3(上限75,000円/1人1研修)を助成します。さらに、1企業あたり100万円が上限であり、上限に達するまで複数回の申請が可能です。
DXリスキリング助成金は東京都に限られますが、ほかの地域にも類似の助成金があります。そのため、地域に応じた支援策を確認し、リスキリングを効果的に進めましょう。
リスキリング導入の成功ポイント
従業員に負担をかけず、積極的に取り組んでもらうために、ポイントを押さえた上でリスキリングを導入しましょう。
学習環境やフォロー体制を整える
リスキリングをより効果的に導入するためには、学習環境の整備が不可欠です。研修プログラムの開発や外部教育サービスの利用にはコストがかかるだけでなく、まず自社や従業員のスキルギャップを洗い出す作業が求められます。また、リスキリングの内容が高度になるほど、学習に要する時間や負担も増加します。そのため、予算や従業員の学習負担を軽減するフォロー体制を含め、十分な準備が重要です。
待遇や労働条件を見直す
リスキリングによってスキルを身につけた従業員が転職する可能性も考慮する必要があります。特に、デジタル人材は多くの企業で需要が高く、より好条件の職場を選ぶ可能性があります。リスキリングの導入に伴い、従業員の待遇や職場環境、部署配置を見直すことも重要です。新たなスキルを習得した従業員に対しては、報酬や労働条件を市場相場にあわせて適切に再設定することが求められます。
リスキリングの社内認知度と理解を深める
日本では、リスキリングの認知度がまだ高くありません。従業員にリスキリングの重要性を理解してもらうためには、まずその定義や海外の成功事例を紹介し、企業にとってのメリットを具体的に伝えることが重要です。
さらに、リスキリングの目的や目標を共有し、従業員がその必要性を理解することで、学習に対する前向きな姿勢を引き出すことができます。これにより、社内全体でリスキリングを円滑に進めるための基盤が整います。
社員の自発性を尊重する
リスキリングの成功には、従業員の自発的な取り組みが欠かせません。従業員は通常の業務をこなしながら新たなスキルを学ぶため、心理的負担が大きくならないよう、学習時間の確保や柔軟なサポートが求められます。
また、学習方法や時間の柔軟性を持たせることで、従業員が自主的に取り組める環境を作ることが重要です。自発的な学びが促されることで、リスキリングの成果がより高まります。
モチベーションを高める仕組みを作る
リスキリングは、学習を継続することでその効果を高められます。しかしながら、従業員が途中で意欲をなくしてしまうと、学習の継続が難しくなるため、企業は従業員がモチベーションを維持できる仕組みを整備しなければなりません。
リスキリングが従業員自身のキャリアになぜ必要なのか、どのようにプラスになるのかを伝えることで、モチベーションの維持につながります。また、習得したスキルや資格を評価する制度、手当の設定なども、スキル習得へのモチベーションを向上する要素として有効です。
リスキリングを導入した企業事例3選
リスキリングへの関心が高まる中、実際に導入し成果を上げている企業も増えています。他社の成功事例を参考にすることで、リスキリング導入の具体的なイメージがつかみやすくなります。以下では、特にデジタル関連のリスキリングに取り組んでいる企業の事例を紹介します。
1. 基礎教育プログラムを開発
ある大手電機メーカーはDX推進のため、デジタルリテラシーを学べる基礎教育プログラムを開発しました。従業員がデジタル技術を活用して、業務を改善するためのスキルを習得することが目的です。2020年には、専門部署と協力して全従業員がオンラインで受講可能な体制を整えました。
プログラムは複数のステップに分かれ、基本的なデジタル技術からデータ分析を使った課題解決まで学べる内容です。学習時間は2時間程度で、従業員は自分のペースで進められます。同社は、このプログラムを通じて従業員のデジタルスキルを強化し、組織全体の競争力向上を目指しています。
2. DXプロジェクトとして研修プログラムを開始
ある大手IT企業は、DX推進を目的にリスキリングプログラムを導入しました。特徴は、従業員がDXに必要なスキルと知識を体系的に学べる点です。「データドリブン経営」や「DX人材の育成」などのテーマに基づき、デザイン思考やDX構想力を学べるカリキュラムが用意され、実際のDXプロジェクトに参加できる実践的な内容も含まれています。
また、独自のオンライン学習プラットフォームを開発しました。特に従業員の主体的な学びを重視し、自由に学習コンテンツにアクセスできる環境を整備しています。
3. 学習環境の整備
アメリカの大手通信企業は、従業員が自立的に学べる環境を整え、リスキリングを推進しています。2020年までに約10億ドルを投じて、10万人の従業員に学習機会を提供しました。
具体的には、キャリア開発に役立つ学習プラットフォームを導入し、従業員が自分のスキルや必要なスキルを把握できるようにしました。さらに、オンラインで受講できる訓練コースも展開し、外部教育機関と連携してデジタルスキルを習得するプログラムを提供しています。これにより、社内異動で技術職の8割をまかなえる体制が整い、技術革新への対応力が向上しました。
まとめ
デジタル技術の進化に伴い、企業はDXの推進が求められています。その中で、既存の従業員をデジタル人材として育成するリスキリングが注目されています。リスキリングには、採用コストの削減や業務効率の向上、従業員のキャリア成長など、多くのメリットがあります。
リスキリング導入には、具体的な目標設定とスキルの把握が欠かせません。他社の事例を参考にすることや、公的支援制度を利用することも効果的です。企業と従業員の成長を促すリスキリングを、計画的かつ段階的に進めましょう。