人的資本経営とは? 従来の経営との違い・注目されている背景

最終更新日: 2023.03.07 公開日: 2023.02.07

人的資本経営

近年、「人的資本経営」なる言葉を耳にする機会が増えました。海外ではすでに一般的となりつつある経営手法ですが、従来と比べて一体どのような違いがあるのでしょうか。本記事では、人的資本経営の基本や従来の経営手法との違い、取り組みによるメリットなどについて解説します。

人的資本経営とは

人的資本経営とは、人材の経験やスキル、ノウハウなどを投資すべき資本とみなし、企業価値の向上や組織の成長につなげる経営手法です。従来、人材は企業におけるリソースの一種と考えられてきました。そのため、人材の育成に費やす時間やお金は、「投資」ではなく「コスト」と考えられてきた経緯があります。

現代では、こうした考え方が変化しつつあります。企業を取り巻く環境は年々変化しており、移り変わりが激しい外部環境に対応しつつ組織としての価値を高めるには、人材への投資により成長を促す経営手法が有効と考えられるようになりました。

なお、企業が投資する資本には、財務資本や製造資本といった有形資本のほか、特許権や著作権といった知的資本、社会・関係資本などの無形資本があります。従業員の経験や能力、モチベーションなどの人的資本は無形資本に分類されます。

従来の経営との違い

従来の経営では、人材を資源とする捉え方が主流でしたが、人的資本経営では人材を資本と捉えています。消費されていくリソースではなく投資対象の資本として捉え、人材の成長に費やす時間や費用については、企業の持続的な発展と成長を実現するための戦略的な投資と捉えている点が大きな違いです。

また、従来は人材を囲い込む経営手法が一般的でした。終身雇用や年功序列などの制度で人材の囲い込みが発生していましたが、人的資本経営では双方が対等な関係となり、選び選ばれる関係へと変化しました。

海外と日本の人的資本経営への取り組み

近年、人的資本経営が日本でも注目を集めつつありますが、欧米では日本よりも早い段階から広がりを見せています。欧米では2020年に人的資本の情報開示が義務化され、日本は2023年から有価証券報告書への記載が義務づけられようとしています。

欧米の場合

欧米では、2018年ごろから人的資本の情報開示を義務化する動きが加速化しました。2018年に国際標準化機構が人的資本情報開示のガイドラインとなるISO30414を策定し、一部の企業が情報をオープンにし始めます。

アメリカでは2020年8月、SEC(米国証券取引委員会)の承認により、上場企業を対象として人的資本に関する情報の開示が義務化されています。2021年4月には、SECが非財務情報開示指令の改定案を策定し、さらに多くの企業が情報開示の対象になりました。

日本の場合

日本でも人的資本経営への注目度は高まりつつあります。日本で人的資本情報開示の重要性が広がり始めたのは、2020年からです。経済産業省が2020年9月に公表した「人材版伊藤レポート」により、多くの企業が人的資本情報開示の重要性に気づきます。

2021年6月には、東京証券取引所が人的資本に関する開示や提示について、コーポレートガバナンスに追加し、同年11月には内閣官房が人的資本投資の強化に言及しました。さらに金融庁でも議論が進んでおり、人的資本情報の有価証券報告書への記載が、2023年度から義務化される可能性があります。

人的資本経営が注目されている背景は

人的資本経営が注目されている背景として、人材や働き方の多様化が挙げられます。また、技術の進歩によって無形資産の重要性が高まったことや、サステナビリティへの関心が高まったことも、注目されている理由と考えられます。

人材・働き方の多様化

少子高齢化に伴う労働人口の減少によって、企業は従来のように人材を採用しづらくなりました。そのため、企業は外国人労働者や一線を退いたシニア世代、自宅でしか働けない方など、さまざまな人材を雇用の対象としなければならない状況に陥っています。

多様な人材を獲得して働いてもらうには、従来と同じ労働形態のままでは困難です。例えば、シニア世代であればフルタイムで働くのは難しいと考えられるため、時短勤務を取り入れる必要性も生じるでしょう。また、自宅でしか働けない方を採用するのなら、リモートワーク環境の整備も欠かせません。

人材や働き方が多様化しているなか、企業が持続的な発展と成長を目指すには、個々の人材が力を発揮できる環境や体制が求められます。状況にあわせた働き方ができる環境も整えなくてはなりません。それを実現するためには、人的資本経営の考え方が必要です。

無形資産の重要性の高まり

技術の進歩により、企業は従来の技術力だけで他社と差別化を図ることが困難となりつつあります。このような状況のなかで他社より一歩抜きんでるには、イノベーションのアイデアを創出できる人材が重要です。

技術は進歩したものの、まだまだ人間にしかできないことがあります。これまで存在しなかった革新的なサービスや商品、市場における力関係を一気に覆せるような斬新なアイデアを生み出せる人材こそ、今の時代に求められています。

技術はお金で買えますが、革新的なアイデアを創出できる人材はお金で買えません。このような人材の確保・育成こそ、企業の優位性につながると考えられています。

サステナビリティへの関心の高まり

サステナビリティとは、「持続可能性」を意味する言葉です。近年、サステナビリティへの関心が高まっており、多くの企業がSDGsやESGへの取り組みを始めました。

SDGsのなかには、「働きがいも経済成長も」という目標が定められています。人的資本経営への取り組みは、SDGsで定めるこの目標に合致しています。なお、サステナビリティはステークホルダーが企業を評価する際に重視する要素でもあるため、ステークホルダーに好印象を与えるためにも、企業はサステナビリティを意識した経営に取り組まなくてはなりません

人的資本経営のメリット

人的資本経営に取り組むメリットとして、投資を受けられる確率の向上が挙げられます。また、企業のイメージアップにつながる、生産性・従業員エンゲージメントの向上が期待できるなどのメリットもあります。

投資家から投資をされる確率が高くなる

近年、ESG投資が投資のトレンドになりつつあります。地球環境や社会に配慮した事業を展開し、ガバナンスも適切な企業に投資したいと考える投資家が増えています。人的資本経営に取り組めば、こうしたESG投資家たちから高く評価され、結果的に投資を受けられる可能性が高まるメリットがあります。

ESG投資家の多くは、企業の人的資本に注目しています。そのため、人的資本の情報を開示し高い評価を得られれば、投資を受けられる可能性がアップします。

投資家から投資を受けられれば、より大きなビジネスを展開するのも夢ではありません。新たな事業のアイデアを形にでき、売上や利益の大幅なアップも見込めます。

企業のイメージアップにつながる

人的資本経営では、従業員を成長させ価値を高めるために、惜しみなく投資を行います。そのため、積極的に人的資本経営へ取り組んでいることを外部へアピールすれば、従業員思いの会社であると多くの人々に知ってもらえます。

「従業員のことをしっかりと考えている組織」と認識してもらうことで、企業イメージの向上につながります。企業イメージがよくなれば、より多くの方が自社の商品やサービスを購入してくれたり、口コミでよい評判が広がったりする効果が期待できます。

また、採用力の強化が見込まれる点も魅力です。従業員が成長するために投資を惜しまない会社であれば、働きたいと考える方は大勢集まるでしょう。その結果、人手不足の解消や優秀な人材の獲得につながります。

生産性・エンゲージメントが向上する

企業が人材に投資することで、従業員の成長が促されます。新たな知識の習得やスキルの向上につながり、仕事の生産性が高まるのがメリットです。

また、企業から投資してもらうことで、従業員のエンゲージメントも高まります。会社から期待されている、大切にされていると実感でき、もっと仕事を頑張ろうというポジティブな感情を抱いてもらえます。その結果、離職率の低下や帰属意識の向上につながります。

人的資本経営の取り組み方

人的資本経営に取り組みたいと考えているのなら、まずは人的資本経営がどのようなものかを知ることが大切です。基本的には、人材伊藤版レポートに記載されている「3つの視点」と「5つの要素」を踏まえつつ取り組みを進めます。

人材版伊藤レポート2.0とは

そもそも人材版伊藤レポートとは、経済産業省が2020年9月公表した「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会報告書」を指します。

当初、人材版伊藤レポートには、「3つの視点」と「5つの要素」がこれからの人材戦略に欠かせないと記載されていました。ただ、これだけでは少々わかりにくい点があったため、「人的資本経営の実現に向けた検討会」で議論を重ねた末、企業が取り組みやすいよう実践的な事例集が追加されました。そして、具体例の追加によりアップデートされたものが、2022年5月に公表された「人材版伊藤レポート2.0」です。

参照元:経済産業省「人材版伊藤レポート2.0」

3つの視点(Perspectives)

3つの視点とは、「経営戦略と人材戦略の連動」「As is-To beギャップの定量把握」「企業文化への定着」です。人的資本経営へ取り組む際には、この3つの視点を重視した行動が大切です。

経営戦略と人材戦略の連動

経営戦略と人材戦略を切り離して考えるのではなく、連動させることが大切です。いかに優れた経営戦略やビジネスモデルを打ち出せても、それを実現できる人材がいなければ絵に描いた餅となってしまいます。

したがって、経営戦略やビジネスモデルを実現できる人材戦略を策定しましょう。具体的には、経営陣主導による経営課題の整理やKPIの設定、CHROの設置などが挙げられます。

経営課題の整理によって、顕在化している課題を明確にでき、課題意識をもったうえで人材戦略を策定できます。また、最高人事責任者であるCHROの設置により、経営側の視点をもちつつ人材戦略の立案が可能です。

As is-To beギャップの定量把握

「As is」とは現状を指し、「To be」は企業のあるべき姿・理想形・目標を意味します。目標を掲げたら、まずは現状とどれくらいのギャップがあるのかを把握しなくてはなりません。

やるべきこととしては、従業員の現状におけるスキルの把握が挙げられます。スキルを把握したうえで、理想とする形とどれくらいのギャップがあるのかを可能な限り定量的に把握しましょう

現状と理想形のギャップを把握すれば、今後の育成方針を決められます。スキルを正確に把握するには、スキルマップの作成が有効です。

企業文化への定着

人的資本経営への取り組みでよかった戦略は、企業文化への定着を進めましょう。一方、想定した効果が現れなかった、結果がよくなかったといったケースでは、戦略の見直しが求められます。

大切なのは、PDCAサイクルを回しつつ取り組みを進めることです。ギャップを埋めるための戦略を実施し、そのまま放置してしまっては効果が現れているのかどうか、目標達成へ近づけているのかどうかも判断できません。

定期的に効果検証を行い、PDCAサイクルを回しつつ改善を図ることが大切です。思ったほどの成果を得られなかったのなら、原因を探りつつ新たなプランを練り、再度実行したうえで分析を行いましょう。

5つの共通要素(Common Factors)

5つの要素は、「動的な人材ポートフォリオ」「知・経験のダイバーシティ&インクルージョン」「リスキル・学び直し」「従業員エンゲージメント」「時間や場所に捉われない働き方」で構成されます。

動的な人材ポートフォリオ

人材個々の能力を最大限発揮してもらうには、人材のスキルや経験などを把握・分析したうえで、よりパフォーマンスを発揮できるポジションへ配置することが大切です。いかに優れた人材を抱えていても、適切なポジションへ配置しなければ本来のパフォーマンスを発揮できず、宝の持ち腐れとなってしまいます。

また、持続的な企業価値向上を実現できる人材とはどのような人材なのか、定義を明確にすることも大切です。人材を採用する際には、この定義をもとに採用を行います。

現時点における人材のスキルや経験のみを重視するのではなく、将来のことも考えなくてはなりません。特定の人材を将来的に配置したいポジションがあるのなら、それを踏まえた育成の計画を立てる必要があります。

知・経験のダイバーシティ&インクルージョン

ダイバーシティ&インクルージョンとは、さまざまなバックボーンやスキルを有する従業員同士が、お互いの多様性を認めあい企業活動に活かすことです。時代の変化に伴い、市場や顧客のニーズも多様化しつつあります。このような状況に対応するには、多様な価値観や視点をもつ従業員が必要です。

多様な人材を受け入れることで、企業にはさまざまなメリットが生まれます。例えば、新たなイノベーションの創出です。さまざまな視点や価値観、経験、感性をもつ人材が集まり交流すれば、そこから革新的なアイデアが生まれる可能性が高まります。

多様な価値観や感性をもつ従業員を受け入れ、ビジネスへ活かすには、相応の環境を整備しなくてはなりません。

リスキル・学び直し

リスキルとは、新たな技術の習得を指します。従業員に新たな技術の習得や学び直しを促すことによって、経営戦略の実現を可能とするスキルを身につけられます

DXやGXなど、事業環境の変化へ柔軟に対応するには、従業員一人ひとりのスキルを伸ばさなくてはなりません。ただ、新たなスキルの習得や学び直しを従業員に一任してしまうのは、あまりよろしくありません。

従業員の自主性に任せてしまうと、リスキルや学び直しをきちんと行わない者も出てくると考えられます。従業員にリスキルや学び直しの重要性を説くとともに、従業員が学びやすい環境を整えてあげることが大切です。

なお、リスキルに関しては下記記事で詳しく解説していますので、こちらも併せてご覧ください。

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従業員エンゲージメント

企業には、従業員がやりがいや働きがいを感じられ、自ら組織へ貢献しようと思えるような環境の整備が求められます。従業員がやりがいを感じられない、貢献したいと思えないような職場では、従業員エンゲージメントの低下につながります。

従業員エンゲージメントの低下は、離職のリスクを高めるため注意が必要です。やりがいを感じられない職場ではモチベーションが上がらず、組織に貢献したいとも思えないため、必然的に離職へつながります。

従業員エンゲージメントを高められれば、「この会社でもっと働きたい」「組織に貢献したい」と思ってもらえるようになり、生産性の向上や離職率低下が期待できます。そのためには、従業員が働きやすい職場環境や体制の整備、自分を磨ける環境の構築などが有効です。

なお、従業員エンゲージメントに関しては下記記事で詳しく解説していますので、こちらも併せてご覧ください。

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時間や場所にとらわれない働き方

働き方改革の推進によって、人々の働き方は多様化しています。近年ではテレワークやモバイルワーク、時短勤務、サテライトオフィス勤務といった働き方が可能な企業も増えています。

多様な働き方を選択できる企業であれば、優秀な人材の獲得が可能です。優れたスキルを有するものの、自宅以外では働けないといった方も世のなかにはいます。このような人材を獲得するチャンスが増えるのは大きなメリットです。

従業員が自らのライフスタイルにあわせて働き方を選べるよう、環境の整備を進めましょう。具体的な施策としては、ペーパーレス化やデジタル化の推進が有効です。

まとめ

人的資本経営とは、人材を投資すべき対象である資本とみなす経営手法であり、人材をリソースとみなす従来の経営手法とはさまざまな部分で違いがあります。日本でも人的資本経営への注目は高まりつつあり、今後はスタンダードになるとも考えられます。

企業が人的資本経営に取り組むことで、投資家から出資してもらえる確率が高まるほか、企業のイメージアップや生産性向上などのメリットがあるため、取り組まない手はありません。持続的な発展と成長を目指し、早い段階で人的資本経営への取り組みを始めてみてはいかがでしょうか。

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