【カンファレンスレポート】「ルーティン×経営」を再考する ~世界標準の経営学でもルーティンが重要視されている理由とは?~(前編)

最終更新日: 2022.04.01 公開日: 2022.03.10

ビジネスの現場において、作業を固定化する「ルーティン」や「マニュアル」は、ネガティブな意味でとらえられがちです。しかし経営学の研究においては、そんな「ルーティン」の価値や進化、使い方についての議論が進んでいます。組織内の暗黙知を表に出し、経営を進化させるものとしてとらえられているのです。

本セッションでは、『世界標準の経営理論』(ダイヤモンド社)を出版し、最先端の経営学の研究・知見の普及に取り組まれている早稲田大学大学院 入山教授をお招きし、ルーティンの経営における価値や可能性について伺いました。

こちらの記事ではカンファレンスの内容を前編・後編に分けてダイジェストでご紹介いたします。

世界の経営学知識で、ビジネスと経営理論の架け橋に

スタディスト 木本(以下、木本):このセッションでは、「『ルーティン×経営』を再考する」と題し、早稲田大学大学院教授 入山章栄さんにお越しいただきました。本日はよろしくお願いいたします。

早稲田大学大学院 入山さん(以下、入山):よろしくお願いいたします。

木本:入山さんは、『世界標準の経営理論』という経営学の本を執筆されていて、本書はダイヤモンド社様の「ベスト経済書2020」第1位に選ばれています。
そして本日は、セッションのテーマであるルーティンについて、経営学の観点からお話をお伺い出来ればと思います。まずは、簡単に自己紹介をお願いできますでしょうか。

入山:はい。私はアメリカで博士号を取り、ニューヨーク州立大学で5年間経営学を教えていました。そこで得た世界の経営学の知識を用い、現在は日本の民間企業のアドバイザーとして、現実のビジネスとアカデミックな経営理論との架け橋になるような活動をしています。

2020年に出版したそちらの「世界標準の経営理論」の中でも「ルーティン」を取り上げているのですが、重要性のわりにあまり日が当たらないトピックなんですよね。今回はルーティンにテーマを絞ってお話できるので、普段とちょっと違った話ができそうで楽しみにしています。

ルーティンの最大の効用は「認知の容量が空くこと」

入山:まずは、ルーティンの重要性からお話ししたいと思います。実は、人間の行動の半分もしくはそれ以上は、ルーティンだといわれています。例えば、朝起きて、水を飲んで、シャワーを浴びて…という朝の習慣もルーティンですよね。自己の行動を改善するには、ルーティンの見直しが一番効果的です。そして、組織についても同じことが言えます。組織は人の集まりですので、一人ひとりの習慣、つまりルーティンを変えていくことが極めて重要なのです。

ルーティン化すれば、認知のキャパシティに余裕ができます。これは、認知科学の「人間の脳のキャパシティには限界がある」という考え方が前提にあります。組織で日々行われているルーティンを標準化・効率化すると、認知のキャパシティに余裕ができます。余裕が生まれると、普段の認知を超えることも考えられるようになります。

これからの時代にルーティンが重要なのは、この余裕が結果としてイノベーションに重要な「知の探索」につながるからです。

コロナ前から、デジタル化に伴った時代の変化や業界の消失など、変化の激しい時代が続いています。不確実性の高い時代である今、企業の存続にはイノベーションが欠かせません。イノベーションを起こすためには、企業が自ら変化し、新しい価値を社会や顧客へと提供していく必要があります。そしてその第一歩として必要なのは、新しいアイデアを生み出すことです。

新しいアイデアは、今ある「既存の知」と、別の「既存の知」の組み合わせから生まれます。しかし日本企業は、ひとつの企業がずっと同じ業界にいたり、社員も終身雇用でずっと同じ企業にいたりするので、イノベーションが生まれにくくなっています。この状況を打破するためには、次で挙げる「知の探索」が必要です。

「知の探索」の余裕を生むことで、「両利きの経営」を目指す

「知の探索(Exploration)」とは、なるべく自分の遠くにある知見にたくさん出会って、それを取り入れることです。基本的に、イノベーションはこの知の探索をもとに、離れた知を組み合わせることから生まれます。そして、組み合わせたものの中で売上が上がりそうなものを徹底して深掘りすることで、企業として売上を上げられます。これを「知の深化(Exploitation)」といいます。

世界の経営学では、この両方をそれぞれ高いレベルで、バランスよく行える企業が、イノベーションを起こしやすいと言われています。これを私は「両利きの経営(Ambidexterity)」と呼んでいまして、この状態が大事なわけです。
しかし、どうしても企業は「知の深化」に偏りがちです。なぜなら、自分から遠い領域の「知の探索」には時間もお金もかかるうえ、人の認知には限界があるからです。ただ深化に偏ると、短期的には売上が上がっても、中長期的なイノベーションの枯渇(Competency Trap)に繋がります。

ここで考えていただきたいのが、ルーティンの重要性です。人はつい目の前の知の深化に偏りがちですが、知の深化はある程度ルーティン化できます。そうすると社員たちにも余裕が出て、知の探索を進められます。つまりルーティンの最大の効用は「認知の容量が空くこと」と言えるのです。
有名な例だと、スティーブ・ジョブズやマーク・ザッカーバーグも、着る服をルーティン化していますよね。こうしてさまざまな部分をルーティン化していくことで認知の容量を空け、より大事な「知の探索」にキャパシティを割けるようになります。

「ルーティン=ネガティブ」は日本だけ!イノベーションにつなげる戦略的ルーティン

木本:ルーティンの重要性について、日本ではネガティブにとらえられがちですが、その点についてはいかがでしょうか。

入山:実は、ルーティンがネガティブにとらえられているのは、世界で日本だけです。その理由は、日本は世界で唯一、「なんとなく」ルーティンをこなしているからです。グローバル企業やトップのスタートアップ企業は、ルーティンを戦略の1つだと位置づけています。

例えば、企業文化はとても大事なものですが、日本の企業ではあまり守られていません。「失敗を恐れずチャレンジしよう」と言いながら、実際にチャレンジして失敗すると、上司にすごく怒られてしまう。実際は企業文化と真逆の、「失敗を恐れる企業文化」ができてしまっているんです。

各企業は生き残り成長するために、自社の戦略に合う企業文化を意図的に作る必要があります。そして、企業文化とはすなわち行動です。「失敗を恐れずチャレンジする」というのも行動ですよね。そして、仕事においての行動というのは、その半分以上がルーティンです。企業文化を作り、変えていくには、ルーティン部分を戦略的に変えていく必要があります。さらに、戦略に合う行動を決めたら、徹底的にやることが重要です。

そのいい例としては、超大手のグローバル化学メーカー、デュポン社が挙げられます。デュポン社は「安心・安全」という企業文化をとても大事にしているので、社員は車に乗れば絶対にシートベルトを締めるし、階段を上るときも絶対に手すりを持って上ります。このように、企業文化をルーティン化し、それを実際に実行することが大切なんです。そして、そのルーティンを戦略的にやるから、強い組織ができてくるんですよ。

そして、戦略的にルーティンを作り出すときに、考えてほしいのがイノベーションの知の探索と深化です。

戦略的ルーティンを作るための2つの方針

木本:具体的には、どのようにイノベーションを活用すればよいのでしょうか。

入山:日本に限らず世界中の企業が「知の深化」に偏りがちですから、まず考えるべきことは「知の探索」そのものをルーティン化することです。例えば、日本2位のカレーチェーン、ゴーゴーカレーグループの宮森社長は、「発想力は、移動距離に比例する」と言っています。

知の探索というのは、「自分の認知の外に出る」ということなんですね。そのためには、自分自身をいつもの場所から遠くに置く、つまり移動することが近道なんです。このように、行ったことのない場所や会ったことのない人のところに行くことを習慣づければ、それだけで「知の探索」になります。

しかし、そんな時間も余裕もないという人に、「世界標準の経営理論」でも取り上げていない比較的新しい研究を紹介します。。「知の探索を促せるような知の深化を習慣化してしまう」という考え方です。エドワード・ザジャックという世界的な経営学者は、最近の研究で「『知の深化』には2種類ある」と言っています。ひとつは繰り返し型(Repetitive Exploitation)、もうひとつは前進型(Incremental Exploitation)です。
同じことを繰り返すだけの「繰り返し型」だと、「知の深化」だけに偏ってききます。一方で、少しずつでも改善していく「前進型」だと、実は「知の探索」もかなり促されるんです。

つまり、知の探索を定常化するのが大変でも、企業文化として「少しでもいいから常に変化する」という行動がルーティン化されていると、だんだん変化を恐れなくなり、結果的に知の探索が促しやすくなるということです。実際にそれを行っているのが、サイバーエージェントさんです。サイバーさんの企業文化は「変化を常態化する」というものです。だからこそ動画配信事業の「ABEMA」やスマホゲーム『ウマ娘 プリティーダービー』といった、新進気鋭のサービスが生まれるんですね。

マニュアルをIncrementalにする優れた事例

「世界表現の経営理論」にも書いていますが、無印良品さんの“MUJIGRAM”というマニュアルも面白いです。多くの方はマニュアルっていうと、一度作ったらおしまいで、あとはそれをずっと繰り返していけばいい、同じことをやっていけばいいと思っている。それは、まさにRepetitiveなマニュアルなんですよ。

ですが、MUJIGRAMというのは、実は前進型なんですよね。従業員の現場のみなさんが、現場で「このマニュアルのままだとおかしいよ」という点があったら、改善を提案できるんですよ。だから、実は進化するんですよね。この進化するマニュアル、まさにIncremental Exploitation型のマニュアルなので、良品計画さんは強い組織になっていくんですね。

日本企業はルーティンが企業文化になるわけですが、それを戦略的に作ってきませんでした。ですが、企業文化とは行動なので、ルーティンを戦略的に作ることは何より大事です。そして、ルーティンを戦略的に作ることは、イノベーションが求められるこれからの時代には不可欠です。私個人としては、サイバーさん、良品計画さんのような前進型のルーティンを、各企業で戦略的に作るべきなのではと考えています。

次の記事では、移動しにくいコロナ禍で「知の探索」を加速させる方法や、ルーティンを浸透させるコツなど、本セッション後編の対談パートをご紹介します。

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【後編】「ルーティン×経営」を再考する~世界標準の経営学でもルーティンが重要視されている理由とは?

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