10年の競争から読み解くタイにおける中国メーカー

公開日: 2024.10.18

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昨今、タイにおける中国系製造メーカーの動向に目を光らせている読者の方は多いのではないでしょうか。樹脂成形メーカーとして10年以上、中国メーカーとタイ市場でダイレクトに競争を繰り広げてきた筆者が、タイにおける中国メーカーの状況をミクロな視点から考察します。

中国メーカーの競争力はどこから来るのか

タイは元々、日系製造メーカーの独壇場でした。自動車産業は日本のサプライチェーンが移管され、「アジアのデトロイト」と呼ばれるまでに発展しました。また、自動車以外にも、家電やOA、材料メーカーなど多くの日系製造業が進出しています。しかし、近年では中国の存在感が高まり、日系企業との対比で危機感を抱くような報道が増えています。

冷蔵庫のドアガスケットを量産している当社ですが、10年ほど前に中国でナンバーワンの同業他社がタイ市場に参入して以降、競争により市場シェアはみるみる落ち込み、相次ぐ値下げによって利益も著しく削られていきました。「あり得ない」価格で製品を販売しているこの競合企業、その競争力にはどんなからくりがあるのでしょうか。

本国での桁違いの規模の市場を勝ち抜いた生産性とコスト競争力

2023年、中国における家庭用冷蔵庫の生産台数は9,600万台に達しました(図表1)。これに対し、タイでの生産台数は約705万台、日本に至ってはわずか105万台でした。まさに桁違いの市場で勝ち残った我々の競合他社の量産技術は目を見張るものがあり、効率を極限まで高めて生産コストを抑えています。このためには、常に生産効率の高い設備が必要です。

中国の家庭用冷蔵庫の生産台数推移

巨大な成長市場と素早い意思決定により、設備投資が活発に行われ、それに応える形で設備メーカーの技術力も向上しています。日系家電メーカーの方が中国の同業他社工場を見学した際、最新鋭の生産設備に驚いたという話を聞きました。私も2024年に訪れた中国の工場で最新設備の生産性の高さを目の当たりにしました。つまり、需要のあるところで技術は高まるのです。

日本でも高度経済成長期に培われた技術力が国の礎を築きました。しかし、製造業は人口動態から見ても今後の成長は見込めず、経営者の高齢化も進んでいます。その結果、「今ある古い機械をいつまで使えるか」という考えに陥り、設備投資による技術向上の機会はどんどん減っていきます。ただし、成長と衰退は必ず繰り返されるものであり、経済成長の限界が論じられている中国も将来的には同じ道をたどる可能性は大いにあります。

不良品に対する考え方の違い

かつて「安かろう悪かろう」のイメージが強かった中国製品。現在でも、日系メーカーが品質で優れていることは間違いありませんが、中国メーカーと接していて印象的なのは、「不良は少ないに越したことはないが、ゼロにするのは不可能。むしろ不良が発生した時の対応が重要」という価値観です。

日系メーカーでは、不良品が顧客に渡ると最重要問題として扱い、不良の発生や流出防止が徹底されます。一方、中国メーカーは、不良が発生するとまず同じ数の良品を早急に届け、対策は後回しにすることが多いと感じています。この姿勢はB2Bだけでなく、B2Cの取引でも同様です。

極端な例では、冷蔵庫で市場クレームが発生すると、即座に新品と交換することもあります。要するに、結果として顧客満足度を維持できれば良いという考え方のようです。同じ不良が毎月発生すれば問題ですが、半年に一度や年に一度程度であれば「その代わり他社より安いでしょ?」と顧客に納得を求めることもあるようです。

生産効率の高さだけでは片付けられない安さ

タイで長く中国メーカーと競争してきましたが、値下げ競争の末に、販売単価は「これ以上下げられない」レベルに達しています。中国メーカーの生産効率の高さは理解していますが、タイでの販売単価に占める人件費の割合は限られており、最低賃金が将来400バーツ/日となっても、工場作業者の日給は1,800円以下です。そのため、作業者一人当たりの生産性を高めても、大きなコスト削減効果は期待できません。

では原材料費が安いのかというと、我々が扱う塩ビなどの樹脂原料の市場価格は世界中で大きな差はなく、世界のどこかで相場が上がれば他の市場でもいずれ上昇します。中国メーカーは、原材料や設備の内製化でコストを削減しているのは確かですが、それだけでは説明できないほどの低価格で製品を提供しています。市場独占を狙った赤字覚悟の先行投資や、本国からの材料費のダンピングという見方もありますが、現実として、我々ドアガスケット業界では他の企業が次々と淘汰されています。

中国メーカーとの競争に今後一層晒される日系メーカー

中国本土の景気低迷が避けられない中、特にEV完成車メーカーをはじめとする多くの中国メーカーがタイに参入しています。工業用地の商談に来るのは中国や台湾の企業がほとんどで、将来の拡張を見越して10ライ(1ライ=1,600平米)以上の用地が次々と成約していると専門家から耳にしました。タイのEV市場の先行きは不透明ですが、中国のメーカーはコスト競争力を活かして、少なくとも一定規模の市場を獲得していくでしょう。

そうなると、日系セットメーカーも消費者市場で負けないために中国の安いサプライヤーからの調達を検討するようになり、サプライチェーンはこれまでの日系中心から形を変えていきます。これは当社でも経験したことで、同じことがタイの日系製造業のあちこちで起こっても不思議ではありません。ここまで論じたように、中国メーカーと同じ土俵での価格競争は日系企業にとって不利であり、その先に明るい未来を簡単には描けません。

しかし、中国メーカーの前途も盤石ではありません。米国による中国からの輸入関税は厳格で、タイで生産しても中国メーカーの製品と分かれば同様の関税が掛けられることがあります。そのため、タイに移管した生産ラインを再び中国に戻す動きも最近見られています。また、中国本国の景気後退が顕在化すれば、海外展開の余裕がなくなる可能性もあります(逆に、海外への攻勢がさらに強まることも考えられます)。

世の中のどんな商品やサービスも、安いものだけが生き残るわけではありません。同じ商品でも多様なラインナップが存在します。特に日系メーカーは、先人が築いた信頼性という強いブランド力を持っています。この土台が揺るがないうちに、時代や環境に合った方向を見つけることが、在タイに限らず、日本の製造業にとって重要だと信じています。

この記事を書いた人

野村 亮太

K.U. Nomura Thai Ltd.

Managing Director

野村 亮太

PR会社での経験を経て、シンガポール大学でMBA取得。現在は家業の押出成形メーカー株式会社ノムラ化成の取締役およびタイ法人K.U. Nomura Thai Ltd.のManaging Directorを務める。タイ法人を軸に、デジタル事業の新会社Wadfun Digital Solution、Google Workspace導入支援のストリートスマートタイでも活動中。
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埼玉県に工場を構えるノムラ化成のタイ子会社として、冷蔵庫用ドアガスケットなど、主に家電業界向けの樹脂製品を生産。Googleのツールを駆使して全社的な業務改善に取り組んだ結果、そのノウハウを社外へ提供する新事業を開始。2024年に新会社Wadfun Digital Solutionを設立し、同年にGoogle事業でストリートスマートタイと事業提携。

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