タイプラスワンの今 外資規制と設立難易度
近年、ASEAN先行6ヵ国への進出に加え、残りの後発4ヵ国、特にベトナムへの日系企業の進出が加速しています。今回は「タイプラスワン」として、タイに法人を設けている企業が新たな戦略として進出を検討するベトナム、カンボジア、ラオスの外資規制を解説した上で、業種別の設立難易度を比較します。
目次
「タイプラスワン」とは
「タイプラスワン」とは、タイの産業集積地であるバンコクやチョンブリなどの工業団地に事業展開している日本企業が、特に労働集約的な生産工程をカンボジアやラオス、ベトナム、ミャンマーのタイ国境付近にある経済特区(SEZ)に移転するビジネスモデルを指します。
この「タイプラスワン」が現実味を帯びてきた背景には、主に次の3つの理由があります。
1. タイにおける労働力不足と賃金上昇
タイの失業率は2024年の第1四半期で約1%となり、賃金水準は2010年ごろと比較すると1.5~2倍に上昇しています。また、政府は最低賃金を1日400THB(約1,200円)に引き上げる方針も示しており、労働集約型をメインとする製造拠点に大きな影響が懸念されています。
2. CLMV各国の成長
CLMV(カンボジア、ラオス、ミャンマー、ベトナム)各国が外国企業の投資受け入れ地として成長してきたことも要因として挙げられます。近年の成長率は先行ASEAN諸国を上回り、各国とも中所得国へ移行する過程にあります。加えて、各国政府が外国企業誘致に積極的に取り組み始めたことも、投資地域として注目を集める要因となっています。
3. ASEANサプライチェーンの統合
各国単体で考えず、ASEAN全体のサプライチェーン統合を目指す企業が増加しています。技術集約型産業および資本集約型産業についてはタイを製造拠点とし、労働集約型産業についてはCLMV諸国を生産ラインとして活用することで、ASEAN地域のサプライチェーン統合を進める動きが見られます。
各国の外資規制
タイプラスワン戦略にあたり、押さえておかなければならないのが各国の外資規制です。今回はその中でも、ベトナム、カンボジア、ラオス(ミャンマーは現在の政治的動向から外す)の外資規制について主なポイントを説明します。
ベトナム
近年、ベトナムでは外資規制の緩和が進んでいます。高い経済成長率を維持するベトナムは市場として非常に魅力的であり、投資の自由度が格段に高まったことで参入障壁も取り除かれ、ベトナムの経済成長は今後さらに拡大すると予想されます。
◆製造業のポイント
- 外資規制は厳しくなく、基本的に独資での設立が可能。
- 工業団地ごとに独自の規制があるため、各工業団地での確認が必要。
- IRCの申請先は、一般的に工業団地等の管理委員会。
- 事業目的を特定する際の番号に留意が必要。
- 製造業は条件付投資分野ではないため、オペレーションライセンスは原則不要。
- サブライセンスが必要な場合があるため、注意が必要。
- 土地の所有はできないため、工業団地のデベロッパーからサブリースする必要がある。
サブライセンスの取得
適法に事業を運営するためにサブライセンスが必要になることもあります。取得が必要なサブライセンスは事業内容により異なります。製造業が求められる主なサブライセンスは下記の通りです。
◆販売業のポイント
- 外資100%での参入が可能(2009年より)。最低資本金の規定は原則としてない。
- 投資証明書に明記された品目以外は取り扱い不可。
- 小売業の場合、2店舗目以降はエコノミック・ニーズ・テスト(ENT)に基づく適正性の審査が必要。
- 海外からの商品を扱う場合、輸入許可と販売許可の両方が必要。
- 輸出許可を持つ企業は、ベトナム国内で購入した商品を販売する店舗を設立できない。
- フランチャイズには規制があり、商工省への登録が別途必要。
- 取扱品目ごとに規制の審査が行われ、予期せぬ時間がかかる場合がある。
特にENTに関してですが、外資企業がベトナムで2店舗目以降を設置する場合、小売店舗設置許認可の発行権限を有する管轄のベトナム当局から許可を取得する必要があります。これが現在、外資系小売企業のベトナム進出において最も大きな障壁となっています。なお、ベトナム政府は外資による小売業の全面的な開放には依然として慎重な姿勢を示していますが、ENTは早ければ2024年に廃止される予定です。そのため、将来的には小売業の進出がさらに活発化し、ベトナム市場の成長が期待されます。
カンボジア
カンボジアは、ASEANの中でも最も外資規制が緩い国の一つです。基本的に外資だからできない事業はなく、外国からの投資を制限する制度は設けられていません。自由で積極的な投資を奨励することを目的に、カンボジアの外国直接投資(FDI)に関する法制度が整備されています。また、投資法においては、「登録証明書」を取得した投資家には、税務上の優遇措置が与えられています。
なお、カンボジアは現在、投資促進サービスの向上を継続的に図っており、経済特区(SEZ)の促進を目的に委員会を設置しています。同委員会の管理の下、各経済特区には投資プロジェクトの登録から日々の輸出入許可に至るまで、ワンストップサービスが提供されています。通常、2ヵ月から3ヵ月ほどで設立および業務開始が可能ですが、担当官の能力によっては、設立にあたり予期せぬ遅延が発生することもあるため、設立には余裕を持ったスケジュール設計が必要となります。
土地取得に関する留意点
カンボジアの土地法により、外資は土地を直接取得することはできず、カンボジア人または法人に土地の取得が限られます。土地取得が可能な法人の要件は、以下2点です。
①カンボジア国において登記されていること。
②カンボジア人(または法人)が51%以上の株を保有していること。
そのため、日系企業が独資で進出し、土地が必要な場合は、カンボジア人から土地を含めた賃貸を行うのが一般的です。製造業などの場合、15年から50年の期間で契約が可能な長期貸借権(永借権)を結ぶケースが多いです。この場合、書面の締結および権利証が必要となります。更新および第三者への譲渡・転貸も可能です。短期貸借権の場合は、期間を15年未満とし、書面の締結および権利証は不要となります。更新は可能ですが、第三者に譲渡・転貸する際には保有者の許可が必要です。上記の内容からも、カンボジアの外資規制は厳しくなく、最小限の投資で独資かつスピーディーに設立することが可能です。
税務面では依然として煩雑な税法が多いものの、外資規制が緩いことから、近年では日本人の若年層企業やイオンモールの拡大に伴い、飲食店の進出が増加しています。今後、経済特区を含めたインフラ整備や労働者の能力向上、税制の改善が進めば、成長市場としての可能性がさらに高まるため、その動向を注視しておく必要があります。
ラオス
ラオスにおける日本企業の拠点数は、外務省の海外進出日系企業拠点数調査によれば、2022年10月1日現在で176です。市場としては日系企業がまだ注目していない国ですが、中国からタイまで続く高速鉄道やインフラ整備が進むことで、立地的に中国とASEAN諸国をつなぐ重要な拠点となる可能性があります。
また、タイププラスワンで考えた場合、ラオスではタイ語が通じるため、タイのマネージャーをラオスの駐在員として出向させることができ、タイの管理下に置きやすいという利点があります。今後、タイププラスワン戦略を考える際には必要な拠点となるでしょう。
ただし、外資規制は依然として厳しく、特に卸売業や小売業では、外資の持ち分が50%の場合でも、最低4,000万円の払込資本金が必要となります。出資額が多額になることから、外資による進出は現状難しいと考えられます。
◆製造業のポイント
- 外資規制は厳しくなく、基本的に独資での設立が可能。
- 工業団地ごとに独自の規制がある場合もあるため、各工業団地での確認が必要。
- 土地の所有は原則できないため、利用権(最大50年)を購入する必要がある。
- 事業内容によっては、計画投資委員会から最低資本金が定められるため、事前確認が必須。
特に、経済特区ごとに資本金要件が異なる点はラオス特有のため、留意してください。
業種別設立難易度比較
最後に、各国の外資規制を踏まえた設立難易度を業種別にまとめました。
タイプラスワンを検討している企業やASEAN事業戦略を考えている企業の一助になれば幸いです。