日本人リーダーの英語はなぜ伝わらないのか?

公開日: 2024.10.18

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前回のコラムでは、日本人は「世界で最も伝えベタ」であり、それが日系企業の魅力訴求を阻害していると述べた。日本人リーダーのコミュニケーションが海外でうまくいかない理由はどこにあるのか?それは「英語力」だけではない、より広い意味での「言語力」に課題があるのではないだろうか。

なぜか伝わらない経営方針

「皆さん、おはようございます。今から年間方針を発表します。昨日、日本本社から役員の〇〇さんがいらっしゃいました。本社も非常に厳しい状況のようです。ここタイでも競争が激化しています。昨年の業績達成率はXXXで、依然として厳しい状況です。皆さんには強い危機感と当事者意識を持ってもらいたいと思っています...。」

これはある日本人リーダーが、タイ現地法人で英語で行った挨拶のワンシーンである。
日本から海外に赴任したリーダーは、会社方針説明や幹部会議など、様々な場面において英語で説明を求められる。私はコンサルタントとしてそうした場面にしばしば同席するが、びっくりするほど相手が「聞いていない」ことが多い。

日本語で聞けば、上記のスピーチに大きな問題はない。本人も一生懸命に話しているのだが、聞いている社員は頷く様子もあまりなく、淡々と挨拶が進み、特に質問も出ないまま終わる。むしろ「早く終わらないかな」と捉えているようにすら見える。

一方で、現地社員に日本人リーダーの印象を尋ねると、「ビジョンが見えない」「何を考えているのかわからない」という声がよく上がり、メッセージが伝わっているとは言いがたい。

こうした問題の根源的な理由は、少なからぬ割合で内容そのものよりも「言語能力」の問題ではないかと考えている。ここでいう言語能力とは、「TOEICで何点か」という英語力だけの話ではなく、むしろ「言語や文化の捉え方」を意味しており、それが海外で人を動かす立場のリーダーには特に重要だと思うのである。

なぜ日本人の英語は伝わらないのか?

よく知られている通り、英語は日本人にとって非常に難易度の高い言語である。

「言語間距離(Linguistic Distance)」という、言語の成り立ちや語彙などの観点から言語間の距離感を示す概念がある。それによると、日本語は中国語やアラビア語などと並んで、英語と最も距離のある言語として分類されている。そのため、日本人は小中学生の頃から相当な時間を英語学習に投入しているにもかかわらず、英語を自在に操れる人は非常に少ない。

では日本語と英語ではどのような違いがあるのか。言語学者の濱田英人氏によれば、日本語と英語ではそもそも世界の認識の捉え方が異なるという。同氏は、日本語の世界を「場面内視点」、英語の視点を「場面外視点」という表現で区別している(『認知と言語』より)。

日本語の「場面内視点」、英語の「場面外視点」を示す図

日本語話者は、自分自身を「場面の中」に位置づけて、自分の視点を起点にしながら状況を認識し、それを言語で表現する。それに対して英語話者は、自分自身を「場面の外」において、“メタの視点”から俯瞰的に物事を見て、状況を説明するように話す。両者にはそのような違いがある。

例えば、日本語で「2階の部屋の机の上の本」と言う場合、認識の流れは自分自身が2階に上がって部屋に入り、という自身の体験を通じて知覚した順番に話す。一方で、英語でそれを表現する場合は “the book on the desk in the room upstairs”と逆の順序になる。最も重要なものは「本」であるため、まずそれを最初に伝え、そこから徐々に説明的な情報を付け加えるのである。

また、英語で住所を表現する場合、情報の順序が逆になることが通常だが、それも同じ原理である。「東京都、杉並区、・・Xマンション101号室」と自分がその場所を訪れるかのような順序で話す日本語に対して、英語話者は「X Mansion 101, Suginami-ku, …」と逆から伝える。その際に最も重要なのは「部屋」であり、その所在地は付随する情報である。

日本人の伝え方はしばしば「結論が見えない」「説明が回りくどい」と指摘されることが多い。これは日本人の「認識した順番に説明する」という伝え方が、英語話者の「重要なものから説明する」という伝え方と真逆であるためと説明することができる。

また、日本語は「主語を省略する」言語であることがよく知られているが、これも「場面内の視点」で話していることが関係している。「場面外」で認識する英語の世界では「誰が、誰に、何をしたのか」の論理関係なくして状況の説明ができない。こうした違いの結果として、外国人から「因果関係がわかりづらい」という印象を持たれがちなのも、日本人のコミュニケーションの特徴である。

日本では、2000年頃に「論理的思考ブーム」が起こり、ロジカルシンキングの書籍やセミナーが流行した。外資系企業が日本で多く活動し始めた結果、こうした認知構造のギャップが顕在化したのだ。そこから「結論が先、理由は後」「因果関係を明確に」「最初に重要なポイントを伝える」などのコミュニケーション技法がビジネスパーソンにとって必須となった。

日本語で「ロジカルっぽく」話しすぎると煙たがられるかもしれないが、英語においてはこうした認知構造の違いに留意して話を組み立てることは、効果的にメッセージを伝える上で非常に重要である。

サントリーの「やってみなはれ」はなぜ世界に広がったか

一方で、海外で日本人リーダーが想いを伝えることに成功している例もある。昨今、積極的にグローバルで事業を拡大しているサントリー社がその一例だ。長年ウイスキーづくりに取り組んできた同社は、2014年に米ビーム社を買収し、今度はグローバルに日本のウイスキー文化を広めようとしている。

サントリー社は理念を重視した経営で知られている。同社の理念の中でもっともよく知られているのは、創業者の鳥居信治郎氏の口癖であった「やってみなはれ」である。どんなことにも果敢に挑戦することを説いたこの理念はサントリー社の重要なカルチャーとなっているが、この言葉もグローバル化の過程で紆余曲折を経てきた。

同社副会長の鳥居信吾氏は、海外で理念を伝えることの難しさについて、テレビ番組のインタビューで次のように答えている。

・・・
「ビーム社」を買収して以降、「サントリー」の中の「やってみなはれ!」が横文字の「GO FOR IT」になりました。英語でやろうと全世界でやりました。でも、5、6年すると海外の従業員が、「GO FOR IT」では、ニュアンスが伝わらないと...。「日本語では、どう言うのか?」と聞くので、「やってみなはれ!」だと答えると「じゃあ『やってみなはれ』に変えてくれ」となりました。これは、不思議ですね。
――英語でいうより日本語、しかも「やってみなはれ!」は、関西弁というか、大阪の言葉ですよね?
 マイナーな言葉ですよ。でも、「その方が理解できる」と言うのです。どうして日本語の方がニュアンスが理解できるかは分かりませんが、その言葉の方が理解できるとアメリカ人もドイツ人もインド人も中国人も言っています。
(毎日放送『ザ・リーダー』より)
・・・

筆者の記憶では、ビーム社買収よりも以前から同社は「やってみなはれ」を「Go For It!」と訳してホームページに掲載していた。当時から「なんとなくニュアンスが伝わらないのでは」と感じていたが、上記のようなプロセスを経て、今は同社のグローバルHPでは「Yatte Minahare」と日本語のまま表現されている。

日本語を理念にしている企業の例

なぜ日本語の方が伝わるのだろうか。もちろん「Yatte Minahare」という言葉が外国人に理解されるはずもない。言葉が理解されないのであれば、さまざまな方法で自分たちの想いを伝え、理解してもらえるよう工夫するしかない。

サントリー社のホームページには、これまでの歴史の中でどんな挑戦をしてきたのか、その折々でどのような「やってみなはれ」が存在してきたのかを丁寧に説明している。それらのストーリーから、結果的に「やってみなはれ」が「理解できた」という印象を相手に与えることに成功しているのだと筆者は考える。

国際会議通訳の第一人者である鳥飼久美子氏は、「訳す」とは「異なった文化の橋渡しをすること」だと著書の中で述べている。

「言語は文化であり、文化は言語であるともいえる。したがって、文化に対する認識が欠けたまま言葉のみを訳そうとすると、誤訳が起きる。正確に訳そうとするならば、言語レベルを越えた文化の理解が不可欠である。」(『歴史を変えた誤訳』より)

あくまでも目的は文化を訳すことであり、必ずしも英語にすることが重要ではない。むしろ下手に英語にしてしまうと、英語話者の文脈でそれを理解させることになり、理解の齟齬が生じる。前述したように、英語と日本語では認知の構造が全く異なるからだ。

企業の理念やビジョンを伝える際、短い言葉で元々のニュアンスや意図をそのまま伝えるのは、ほぼ不可能である。そうであれば、あえて英語に訳さず、こちらの文化世界に引き込んでいく方が効果的なこともある。そうした伝え方を学べるという意味で、サントリー社の事例はとても興味深い。

「日本語だけが特別」という発想は危険

こうした話をすると、「日本語にはイキガイやオモテナシなど、外国語に訳せない独自の世界観がある」と捉える人もいるが、それも行き過ぎた考え方なので気を付けたい。世界の中で日本語だけが特別なはずもなく、各国の文化それぞれにユニークな世界があると考えるのが国際人としての正しい態度であろう。

例えば、マレー語には「バナナを食べるときの時間」と言う意味の言葉があり、フィンランド語には「トナカイが休憩なしで疲れず移動できる距離」という言葉があるそうだ(『翻訳できない世界の言葉』より)。いずれもその土地の文化の香りが漂う、とてもユニークな言葉である。

こうした外国の文化を本当に理解しようと思うと、その国の人々に興味を持ち、時間と空間を共にしながら、少しずつ慣習を理解していくという姿勢が必要である。「翻訳は、文化の橋渡し」という発想に基づくならば、自分たちのことを理解してもらうのと同じくらい、相手のことを理解することなしにコミュニケーションは成立しないのである。

「理解してもらえないのは、理解しようとしていないから。」
海外でのコミュニケーションに苦戦するリーダーを見るたびに、そのように感じることがある。伝えよう、伝えようとするあまり、相手を理解するということを疎かにしてはいないだろうか。

昨今、AIによる自動翻訳の普及で、ビジネスにおける英語のハードルはかなり下がった。しかしながら、言語の裏側にある「文化の翻訳」はどこまで行っても難しいものである。むしろ、自動翻訳を用いたことで「伝わったと錯覚する」ことが増えたかもしれないとすら思う。

国際舞台で相手にメッセージを伝えるための「文化の相互理解」の重要性は、今後も増えることはあっても減ることは無いのではないだろうか。

この記事を書いた人

中村 勝裕

Asian Identity Co., Ltd.

CEO

中村 勝裕

愛知県常滑市生まれ。上智大学外国語学部ドイツ語学科卒業後、ネスレ日本株式会社、株式会社リンクアンドモチベーション、株式会社グロービス、GLOBIS ASIA PACIFICを経て、タイにてAsian Identity Co., Ltd.を設立。「アジア専門の人事コンサルティングファーム」としてタイ人メンバーと共に人材開発・組織開発プロジェクトに従事している。愛称はJack。
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2014年に創業し、東南アジアに特化した人事コンサルティングファームとして事業を展開中。アジアの多様な人々を調和させるというビジョンの実現に向けて"Asia is One”をスローガンに掲げ、コンサルタントチームの多様性や多言語対応力を強みに、東南アジアに展開する多くの顧客企業の変革をサポートしている。

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