スキルマップとは? 作成の目的や具体的な作り方を紹介
スキルマップは、従業員のスキルを一覧にした表であり、能力開発と組織の効率向上につなげるためのツールです。スキルマップを用いることで、企業はそれぞれの従業員がどんな能力を持っているかを把握し、人材管理と育成の質を向上できます。この記事では、スキルマップを用いる際の基本的な考え方と、具体的な作成手順について解説します。
目次
スキルマップとは「各従業員のスキルを一覧にしたもの」
スキルマップとは、業務で必要なスキルを洗い出し、従業員それぞれの持つスキルを一覧にしたものです。従業員のスキル状況を把握しやすくできることから、もっぱら人材育成に利用されます。企業によっては「力量表」、また英語では「Skills Matrix」と呼ばれることが一般的です。こうした表の作成は、個々の従業員が自身のスキルレベルを正確に理解し、キャリアパスを計画するうえで役立ちます。また、組織としても、適切な人材を適切なポジションに配置するためのデータとして活用できます。
スキルマップのテンプレート
スキルマップの作成には、既存のテンプレートの活用がおすすめです。テンプレートを使用することで、作成の手間を大幅に削減できます。ここでは、テンプレート例として、厚生労働省が提供する職業能力評価シートと、独立行政法人情報処理推進機構(IPA)の情報システムユーザースキル標準(UISS)をご紹介します。
厚生労働省提供のテンプレートは、職業能力の自己評価やキャリア開発に役立つ資料として公開されている、チェック形式の評価シートです。このシートは、事務職だけでなく、外食産業、介護業、電気通信工事業、ホテル・旅館業といった多様な業種・職種に対応しており、幅広い分野での人材評価に活かせます。
参照元:厚生労働省|キャリアマップ、職業能力評価シート及び導入・活用マニュアルのダウンロード
情報処理推進機構(IPA)提供のテンプレートは、情報技術関連職種に特化したツールです。情報システムの利用者として必要なスキルや知識を体系的にまとめたもので、情報技術を活用する職種でのスキルチェックに活用できます。
参照元:独立行政法人情報処理推進機構(IPA)|情報システムユーザースキル標準(UISS)と関連資料のダウンロード
スキルマップ作成の目的
スキルマップは、個々の従業員の能力を明確にし、組織全体の人材管理を最適化するうえで有効なツールです。作成の目的について詳しく解説します。
従業員のスキルや能力の可視化
企業にとって、従業員が持つスキルを一覧で把握することは非常に重要です。これにより、適切な人材をプロジェクトやタスクへスムーズに割り当てられます。
スキルの可視化は組織内のスキルギャップ(企業が求めているスキルと実際に従業員が持つスキルとの差)の特定にも役立ちます。従業員それぞれにとって不足しているスキルを見極められるので、効果的な研修や教育プログラムの計画が可能です。
従業員のスキルやモチベーションの向上
スキルが一覧化され、確認が容易になると、従業員は自身のスキルセット(業務遂行において必要となる技術や知識の組み合わせ)を客観的に評価できるようになります。どの能力が不足しているのか、どの分野でさらに成長が求められているのかを明確に理解できるので、自主的な自己研さんにつながります。また、チェック結果を人事評価にも反映する場合、従業員からは自分の努力がきちんと評価されると思えて、モチベーションも向上します。
スキルマップ作成のメリット
スキルマップの導入は、組織の効率化と人材育成に大きなメリットをもたらします。得られるメリットについて解説します。
人材育成に役立てられる
スキルマップを活用すると、従業員のスキルが一目でわかるようになり、効果的な人材育成が行えます。もし部署全体で特定のスキルの習得度に共通の課題が見られる場合は、その弱点を補強するための集中研修の機会を設けることもひとつの方法です。こうした取り組みによって、単なる個人の能力向上に留まらず、組織全体のスキルレベルを引き上げられます。
適切な人員配置に役立てられる
勘や経験に頼るのではなく、整理された情報を根拠に意味のある配置ができるので、従業員それぞれの強みを活かした適材適所の人材配置が可能となります。将来伸ばしていきたいスキルを重視した配属や、不足しているスキルを補う人材の配置も考えやすくなり、組織全体の生産性が向上できます。
さらには、必要なスキルを持った人材が組織の中に何人いるのか、不足している人員はどのくらいなのかも明確にわかるようになり、採用計画にも役立てられます。面接時も、スキルマップをもとに客観的な判断基準を持てるため、効果的な採用が実現できます。
公正な人事評価ができる
年功序列が根強い日本では、年齢や勤続年数に基づいた人事評価を行う企業が依然として多く残っています。しかし、同じ年次の従業員でも、向上心がある者と受け身の者が同じ評価を受けることには納得感が欠け、従業員の不満が生じることもあります。
これに対して、スキルマップを用いれば、評価の対象となるスキルが従業員に明確になるので、評価への納得感が高まります。また、従業員のスキルも明確化され、客観的な人事評価が可能になります。このように全社的に評価基準を公開することで、透明性の高い人事評価体系が構築でき、従業員のモチベーションの向上が期待できます。
業務を効率化できる
明確なデータに基づいて適切な人材を適切な位置に配置できるため、業務の効率化が可能です。配属のミスマッチも少なくなるため、従業員のモチベーションも上がり、チームワークの増強も期待できます。また、人材配置や人事評価といった人事プロセスもスムーズに進行できるので、全体の業務効率が改善されます。自社の従業員に不足しているスキルが把握できていれば、採用活動の際にも必要なスキルを持つ候補者を迅速に見つけ出すことが可能になります。
スキルマップの具体的な作り方
自社にとって最適なスキルマップを作成するには、目的を定め、必要なスキルを洗い出したうえで項目を策定することが重要です。また、運用の中で改善を繰り返していく必要もあります。効果的に作成するための方法をステップごとに詳しく解説します。
スキルマップを作成する目的を定める
作成に際しては、最初にその目的を定めることが重要です。目的が明確でなければ、中途半端な内容のものが完成してしまう恐れがあります。スキルマップを作成する理由や、どのような点を改善したいのかをしっかり考えましょう。
もし人事評価を目的とするのであれば、業務遂行能力を正確に評価するためのスキル項目を設定することが求められます。一方で、人材育成を目的にする場合には、従業員の現在の能力だけでなく、その適性や将来的なポテンシャルも考慮する必要があります。
スキルマップの成果を最大化するためには、業務スキルの全体像を把握できる経験豊富な管理職が関与することが理想です。また、社内での認識の違いを避けるために、関連する部署間での情報共有も欠かせません。こうした包括的なアプローチが、スキルマップを成功させるための鍵となります。
業務に必要なスキルの洗い出しを行う
目的を定めた後は、業務で求められるスキルを具体的に洗い出します。その際、実際の業務の流れを細かく観察することが重要です。現場の状況を理解するために、使用されているマニュアルや業務フローのチェックはもちろん、現場の従業員から出された意見の積極的な採り入れも行いましょう。
洗い出されたスキルは、種類や難易度に応じて階層分けを行います。個々の主観や判断ではなく、各スキルが業務にどのように貢献するか、自社においてそのスキルがどれだけ有効かを多角的に検討したうえで、スキルマップへの掲載を決めなければなりません。客観的な観点で検討することによって、実務に連動した実用性の高いスキルマップになります。
スキルマップの項目と評価基準を決める
業務に必要なスキルを洗い出した後、それをどのように反映させるかを検討します。スキルの項目を決める際には、大きな業務項目から具体的な作業項目に細分化させていくのがポイントです。
たとえば、カスタマーサポート業務のスキルマップを作成する場合、「電話対応力」という広いカテゴリーから、「状況把握能力」「顧客対応力」「問題解決能力」といったより具体的なスキルに細分化させていきます。
製造業であれば、生産工程ごとにスキルを分類するのもひとつの方法です。たとえば、生産管理業務のスキルマップであれば、まず「生産管理プランニング」と「生産管理オペレーター」に分類します。さらに、「生産管理プランニング」ならば「生産計画の策定」「工程管理」「品質管理」「原価管理」などに、「生産管理オペレーション」であれば「運搬・物流管理」「資材管理」「設備管理」「在庫管理」などに業務を細分化します。そして、項目ごとに「計画」「実務の推進」「検証・評価」といった項目を設定します。
また、スキルをテクニカルスキル(専門能力)、ヒューマンスキル(対人関係能力)、コンセプチュアルスキル(概念化能力)のように分類し、専門性だけでなく企業文化に合った人材像を幅広い観点から評価する方法もあります。
ほかには、技術の種類によって分類する方法や、製品単位で分類する方法も考えられます。自社で求めるスキルはどのようなものかをよく検討し、スキルマップの項目に反映することが重要です。
項目決めの際には、各項目の評価基準を明確にしておくことも必要です。評価基準は、多くの場合5段階評価が用いられています。5段階評価する場合であれば、評価基準を明文化しておくのがおすすめです。明確な評価基準を設定することで、客観的な運用が可能になります。
テストのうえで運用をする
スキルマップが完成したら、マニュアルを作成して実際にテスト運用を開始します。マニュアルには、スキルマップの活用方法や見方だけでなく、導入に至った経緯や目的も詳細に記載するのがおすすめです。これにより、スキルマップ作成の背景と利用意図が明確になり、活用しやすくなります。
初期段階では、テスト運用として、限られたグループや部門でスキルマップを適用し、その効果を観察しましょう。このプロセスはスキルマップの有効性を検証するのに欠かせません。効果測定や意見交換を実施していく中で、作成の段階で見落としていた問題点に気づくこともあるからです。より精度の高い検証を行うためには、評価を行う管理職だけでなく、評価される従業員からも意見を集めることが重要です。これにより、評価項目や難易度の設定の妥当性がより明確になります。
テスト運用期間にスキルマップの改善を行い、その後本格的な運用を開始します。
効果の測定を行い調整する
運用開始後は、スキルマップ導入の効果を定期的に測定することが重要です。従業員のパフォーマンス変化のデータや、研修の効果、人材配置の最適化といった定性的なフィードバックも集めましょう。測定結果に基づいて、スキルマップの項目や評価基準を必要に応じて調整していきます。このプロセスは継続的に実施し、組織の成長とともにスキルマップも進化していくと理想的です。
スキルマップ作成にあたっての注意点
スキルマップは、適切に作成・運用することで従業員の能力開発と組織の成長を継続的にサポートできます。その効果を最大化するために注意すべき点について紹介します。
現場へのヒアリングを実施する
スキルマップを作成する際には、現場の従業員や管理職からの意見を積極的に採り入れることが重要です。現場へのヒアリングをおこたると、実際の業務からかけ離れたものになり、現実的な運用が難しくなります。人事部門だけで検討するのではなく、さまざまな立場の人の意見を求めることが大切です。
ただし、個々人の意見に過度に依存してしまうことには注意が必要です。ヒアリングを行った後は、十分な議論を重ね、明確な判断基準を設けなければなりません。また、運用前だけでなく、運用後も定期的にヒアリングを行い、スキルマップを更新し続けることが効果的です。これにより、スキルマップが実際の業務ニーズの変化を反映し、使いやすいものになります。
マニュアルを作成して運用する
スキルマップの運用にあたっては、マニュアルの作成が欠かせません。マニュアルがないと、運用が恣意的になってしまい、客観的な評価ができなくなる恐れがあります。スキルマップの目的と、使い方や評価基準などをしっかりと記載しておくことが重要です。これにより、評価の一貫性と正確性が保たれ、すべての従業員を同じ基準で評価できるようになります。また、マニュアルはスキルマップが改定されるたびに更新を行い、常に最新の情報が反映されるようにしましょう。
定期的に見直して更新する
スキルマップは、一度作成した後も定期的に見直しと更新が必要です。業務の変化や市場の動向、技術の進展などにより、新たなスキルが求められる場合があります。あるいは、社員が大きく増減したり、新入社員が入ったりすると、必要なスキルが変化する場合もあります。スキルマップを常に現状にあわせて最新の状態に保つことが、その効果を維持するために重要です。
また、ISO9001(品質マネジメントシステムに関する国際規格)の認証や定期監査では、スキルマップが定期的に更新されているかがチェックされます。そのため、更新期間を半年や1年に設定し、適切に管理されていることを確認しましょう。
従業員に共有する
スキルマップの成果を最大限に活かすためには、上層部だけではなく、従業員全体と共有することが必要です。全社的に公開することで、従業員は自身の業務に必要なスキルや、自分に足りていないスキルを理解し、自主的にスキルの向上に取り組めます。また、管理職は客観的な人事評価が可能になり、部下への指導もスキルマップをもとに行えるようになります。
テンプレートをそのまま使わない
スキルマップのテンプレートは時間の節約に役立ちますが、そのまま使うのはおすすめできません。現場のヒアリングで得られた情報をもとに、項目をカスタマイズすることが重要です。自社で求める人材がどのようなものなのか、議論を重ねて反映していく必要があります。自社の状況と組織のニーズにあわせてテンプレートを調整し、より実情に即したスキルマップを作成することが必要です。
スキルマップに設ける項目の例
厚生労働省のスキルマップテンプレートに示された製造業の生産管理職を例に、スキルマップに必要な項目を紹介します。
このスキルマップテンプレートでは、職務とスタッフの熟練度に応じてスキルを整理しています。生産管理の職種では、職務を「生産管理プランニング」「生産管理オペレーション」の2つに、熟練度を「エントリー」「レベル1」「レベル2」の3つに分類し、項目を細分化している点が特徴です。
職務に共通する共通能力項目は、以下の通りです。
共通能力項目
- ビジネス知識の習得:ビジネスマナー全般を身に着けます。「エントリーレベル」と「レベル1」のみの項目です。
- PCの基本操作とネットワークの活用:基本的なPCスキルを習得します。「エントリーレベル」と「レベル1」のみの項目です。
- 企業倫理とコンプライアンス:法令および倫理的規範を遵守し、適切な判断を行います。
- 関係者との連携による業務の遂行:周囲と信頼関係を築き、チームワークを発揮して職務にあたります。
- 課題・目標の明確化と成果の追求:自ら課題を設定し、達成のために取り組みます。
- 業務効率化の推進:効率化とコストダウンを目的に、常に改善に取り組みます。
また、職務別の選択能力項目は、たとえば「生産管理オペレーション」であれば以下の通りです。
生産管理オペレーションの選択能力項目
- 作業管理:生産管理作業の全体像を理解し、日々の作業の計画、実行、監督を行います。
- 工程管理:生産工程を管理し、運営を最適化します。「レベル2」のみの項目です。
- 運搬・物流管理: 製品や原材料の適切な運搬と流通を管理し、コストと効率の最適化を図ります。
- 資材管理:必要な資材の調達、保管、使用状況を管理し、常に適切な資材が供給されるようにします。
- 在庫管理:製品や材料の在庫を適切に管理し、過剰在庫や品切れが生じないようにします。
- 設備管理:製造に必要な機械や設備の保守、点検、修理を行い、常に最良の状態を保持します。
- 品質管理:製品の品質基準を設定し、それに従って製品が製造されるよう管理します。
- 原価管理:製品の製造にかかる原価を計算・管理し、コスト削減のための戦略を立てます。
- 納期管理:顧客からの注文に基づいて製品の納期を設定し、適時配送を確保します。
- 安全衛生管理: 職場の安全と従業員の健康を守るための規則やプロトコルを管理し、実施します。
- 環境管理:製造過程での環境への影響を最小限に抑えるための管理を行います。
このように、従業員に必要とされるスキルをスキルマップに明確に設定することで、従業員は自らの能力開発に努めることができます。また、管理者は適切な人材配置や育成計画を策定することが可能となり、組織全体の生産性が向上します。
まとめ
スキルマップは、従業員の能力を明確にし、組織内での適切な人材配置や人材育成を効果的に行うための重要なツールです。
作成の際には、作成の目的を明確化し、現場の意見も反映しながら項目と評価基準を設定していく必要があります。スキルマップは一度作って終わりではなく、運用の中で効果を測定し、定期的に更新していくことで、効果を最大化できます。従業員のモチベーション向上とスキルアップに貢献し、企業の競争力を上げていくために、スキルマップの作成は非常に有効な手段です。