安全衛生管理とは?取り組み内容や体制構築のポイントを解説
働く人の安全と健康を守るためには、適切な安全衛生管理が欠かせません。しかし、実際に取り組もうとした際、どのように取り組めばよいのかわからないという場合も多いでしょう。そこで本記事では安全衛生管理について、関連する法律や取り組み内容、体制構築のポイントなどを詳しく解説します。
目次
安全衛生管理とは労働者の安全や健康を保護するための活動
安全衛生管理は、労働者の安全と健康を保護して、職場において事故や疾病を防止するための活動です。事業者が法律に基づき、リスクアセスメント、安全教育、健康管理、作業環境改善、緊急時の対応など、多岐にわたる対策を組織的・計画的に実施する体系的な取り組みが必要となります。
実施することにより、従業員のモチベーション向上、生産性の向上、企業イメージの向上などさまざまなメリットが得られます。特に、労働災害リスクの高い業種においては、企業の持続的な成長に不可欠な要素です。 また、企業の長期的な投資であり、人道的観点、法的観点、そして経済的な観点からも、その重要性はますます高まっています。安全衛生管理の実施は法的に義務付けられており、労働安全衛生法をはじめとする法規制の遵守や、国際的な安全衛生基準への対応も求められます。
安全衛生管理に関連する法律
安全衛生管理に取り組むためには、関連する法律を知っておく必要があります。以下、主要な法律の概要を解説していきます。
労働安全衛生法
この法律は労働者の安全と健康を確保し、快適な職場環境を形成するために、事業者にリスクアセスメントに基づく自主的な安全対策を義務付け、労働災害の防止を図るものです。高度経済成長期以降に労働災害が多発したことを背景に制定され、労働災害の状況に応じて抑止策を制度化し、事業者に危険性・有害性に対する自主的な対策を義務付けることで、労働災害の防止に大きく貢献してきました。
具体的な施策としては、危険な作業に対する安全対策、安全衛生教育の実施、健康管理、安全衛生委員会の設置などが挙げられます。この法律は、労働者の生命と健康を守るために不可欠であり、安全衛生管理に深く関与しています。
労働安全衛生法に基づく安全衛生委員会とは
労働安全衛生法では、常に50人以上の労働者を使用している事業場に、「安全衛生委員会」の設置を義務付けています。安全衛生委員会の目的は、事業場における労働者の安全と健康を確保するために、事業者と労働者が一体となって取り組み、労働災害の防止や健康増進のための対策を検討し、決定することです。
事業者側の代表者と労働者側の代表者が、対等な立場で議論を行います。具体的な活動としては、安全衛生方針の策定、情報収集、教育の実施、労働災害の原因究明と再発防止策の検討などが挙げられます。この委員会は、月に1回以上の開催が必要で、議事の概要はすべての従業員に周知すること、そして議事録の3年間の保存が義務とされています。安全衛生委員会の設置は、法律で義務付けられていることはもちろんですが、労働者の安全意識を高め、職場全体の安全意識の向上に貢献し、ひいては企業の生産性向上にもつながります。
労働基準法
労働者が企業から不当な扱いを受けることなく、人間として尊厳を持った生活を送れるように、労働条件の最低基準を定めた法律です。1947年に制定されたこの法律では、労働時間、賃金、休日、休暇など、労働者の権利を保護するさまざまな規定が定められており、企業はこれらの規定を遵守する義務があります。
高度経済成長期以降、労働者の権利意識の高まりや働き方の多様化に対応するため、労働基準法は何度も改正されてきました。近年では、最低賃金の引き上げや時間外労働の上限規制の強化など、労働者の労働条件の改善に向けた取り組みが進められています。労働基準法は、労働者と企業の双方にとって、公平かつ安定的な労働関係を構築するための重要な法規であり、安全衛生管理の基盤になるものです。
安全衛生管理の主な取り組み内容
ここからは、安全衛生管理に関して、具体的にどのように取り組めばよいかについて紹介していきます。
リスク評価・管理
リスク評価・管理を行う手法をリスクアセスメントといいます。これは安全衛生管理においても、労働災害や健康障害を未然に防ぐために不可欠な取り組みです。 リスクアセスメントでは、職場に潜む危険性や有害性を洗い出し、その発生確率と影響度を評価して、リスクの大きさを把握します。そして、そのリスクを低減するための対策を、優先順位を付けて実施していきます。具体的には、危険源の特定、リスク評価、対策の決定、実施、そして定期的な見直しのサイクルを回すことで、安全な職場環境を構築します。
労働安全衛生法では、事業者にリスクアセスメントの実施が努力義務として定められています。事業者は厚生労働省が示す指針を参考にしながら、状況に合わせてリスクアセスメントを実施し、その結果に基づいた対策を講じる必要があります。
機器・設備の点検・作業プロセスの監視
職場における安全性を維持するためには、定期的な点検と監視が不可欠です。機器や施設の点検、作業工程(プロセス)の監視、職場環境の評価など、多岐にわたる項目を対象に、潜在的な危険要因を早期に発見し、事故や健康障害を防止するための取り組みが求められます。具体的には、安全装置や保護具の機能確認、労働者の安全手順遵守状況の確認、照明や騒音など職場環境の評価を定期的に実施し、問題点があれば改善策を講じます。これらは労働者の積極的な参加を得て、安全意識の向上と改善を図ることが必要です。
また、職場巡視や安全衛生パトロールとも呼ばれる、現場を直接歩き回りながら危険要因を点検する活動も有効です。この際、規則や手順の遵守、電気設備や高所作業の安全性、職場環境の清潔さ、5Sの徹底状況などを重点的に確認します。経験豊富な管理者だけでなく、現場の従業員も巻き込み、多角的な視点から危険要因を洗い出すことが重要です。
安全装置や個人用保護具の提供
職場での安全を確保するためには、安全装置・個人用保護具(PPE)の適切な使用が不可欠です。安全装置は、カバーや非常停止装置などにより危険な部分への接触を防ぎ、事故のリスクを低減する役割を果たします。
一方、PPEは安全ヘルメットや安全靴など、さまざまな種類があり、作業環境の危険性に合わせて適切なものを選択し、着用することが求められます。重い物体の落下、化学物質の飛散、粉塵の吸入など、さまざまなリスクから労働者を保護します。 事業者は作業内容やリスク評価を踏まえ、適切な安全装置とPPEを選んで現場に提供することと、それらの正しい使用方法や管理について徹底した教育・指導を行う必要があります。
事故やヒヤリハットの報告と記録
事故には至らなかったものの、危険な状況に直面した経験、いわゆる「ヒヤリハット」を報告することは、潜在的なリスクを明らかにし、安全対策を強化する上で重要です。「ハインリッヒの法則」によれば、1件の重大事故の背景には、29件の軽微な事故と300件のヒヤリハットが存在するとされており、ヒヤリハットの記録が安全管理の要となります。
つまり、ヒヤリハットは重大事故につながる可能性のある兆候であり、これを軽視せず適切な対策を講じることで、大きな事故を防止できます。ヒヤリハット報告を効果的に行うためには、報告しやすい環境づくりが重要です。例えば、匿名での報告を受け付けたり、報告した人に不利益が及ばないような仕組みを設けたりすることが考えられます。また、定期的にヒヤリハット報告の状況を共有し、組織全体で安全意識を高める取り組みも有効です。
5S活動
5S活動とは、整理、整頓、清掃、清潔、しつけの頭文字である「S」をとったもので、職場を安全で清潔に保つための基本的な活動です。
「整理」「整頓」では、整理によって不要なものを処分し、整頓によって必要なものをすぐ取り出せるようにすることで、作業効率を向上させるとともに、誤操作や探し物による時間の無駄を削減します。
「清掃」では、ゴミや汚れを取り除き、清潔な状態を保つことで、衛生的で快適な職場環境を実現します。
「清潔」では、整理・整頓・清掃を実施したことで得られた衛生的な職場環境の維持を目指します。
そして「しつけ」は、これらの活動を習慣化し継続的に行うことで、安全な職場を維持することです。
このように5S活動は、労働災害の防止だけでなく、従業員のモチベーション向上や企業のイメージアップにもつながるため、多くの企業で取り組まれています。
メンタルヘルスケア
近年、職場におけるメンタルヘルス問題は深刻化しており、企業は従業員のメンタルヘルス対策を講じることが求められています。行政でも2015年のストレスチェック制度の義務化や、長時間労働の規制など、法整備が進められています。メンタルヘルス問題が深刻化する背景には、仕事によるストレスを感じている労働者が多く、精神障害による休職者が増加しているという現状があります。
職場におけるストレス要因としては、過度な仕事量、役割の曖昧さ、人間関係のトラブルなどが挙げられます。これらの要因を軽減するためには、職場環境の改善が不可欠です。上司に相談しやすい雰囲気づくりや、相談を受けた際の適切な対応などが重要です。 また、パワーハラスメント防止対策も義務化されており、企業は従業員に対するハラスメント行為を防止する必要があります。
メンタルヘルス問題が放置されると、従業員の休職や退職につながり、企業にとって大きな損失となりかねません。そのため、ストレスチェック制度の活用、EAP(従業員支援プログラム)の導入、ラインケアの推進などの取り組みを通じて、従業員のメンタルヘルス対策を強化していく必要があります。
安全衛生管理に必要な役職
安全衛生管理体制を確立するためには、管理者を専任して業務を円滑に進める必要があります。また、管理者は前述の安全衛生委員会の構成メンバーにもなります。以下、必要な役職を解説します。
総括安全衛生管理者
総括安全衛生管理者は、企業全体の安全衛生を統括する役職です。従業員の安全と健康を確保するために、安全衛生に関する方針策定、計画実施、問題解決、情報収集・分析、法令遵守、従業員教育など幅広い業務を担います。 事業場の業種や規模に応じて選任が義務付けられており、例えば製造業や小売業では常時300人以上の労働者を雇用する場合、総括安全衛生管理者の選任が必要です。
具体的な職務としては、安全管理者や衛生管理者を指揮し、労働災害の防止、労働者の健康増進、安全衛生に関する教育の実施などを統括管理することが挙げられます。また、安全衛生に関する方針の表明、危険性や有害性の調査、安全衛生計画の作成・実施・評価・改善など、企業全体の安全衛生水準の向上を図るための活動も重要な役割です。
安全衛生推進者
安全衛生推進者は、従業員数が10人以上50人未満の事業場で選任される役職です。職場での啓発活動や研修の実施、情報の提供、問題解決のための連携、相談対応、取り組みの評価・改善提案など、多岐にわたる業務を行います。
具体的には、危険や健康障害を防止するための措置、健康診断の実施、労働災害の原因調査と再発防止対策などが挙げられます。
安全管理者
安全管理者は、労働安全衛生法が定める特定の業種において、常時50人以上の労働者を使用する事業場に対し、選任が義務付けられています。事業場の安全に関する専門知識を有し、労働者の安全確保のために、安全管理方針の策定や実施、安全教育の実施、危険防止対策の立案など幅広い業務を行います。
選任に当たっては、労働安全衛生法で定められた資格要件を満たす者から選任され、原則として事業場に専属で勤務することが求められます。ただし、事業場の規模や業種によっては、複数の安全管理者の選任や、一定条件下で親会社の安全管理者の兼務を認める場合もあります。 安全管理者は、単に労働災害を防ぐだけでなく、従業員が安心して働ける安全な職場環境を構築するために、重要な役割を担っています。
衛生管理者
常時50人以上の労働者を雇用する事業場では、その事業場専属の衛生管理者の選任が義務付けられています。主な役割は職場環境の測定、健康診断の実施、衛生教育の実施、労働災害の原因調査などを担います。職場環境の測定では、騒音、振動、有害物質など、労働者の健康に悪影響を及ぼす可能性のある物質や物理的な要因を測定し、改善策を提案します。
健康診断の実施では、労働者の健康状態を定期的にチェックし、早期に健康問題を発見し、治療につなげます。衛生教育の実施では、労働者に対して健康管理の重要性や、安全な作業方法などを教育します。労働災害が発生した場合には原因を究明し、再発防止策を講じます。
作業主任者
作業主任者は、高圧室内作業やボイラー取扱作業など、労働安全衛生法で定められた特定の作業において選任が義務付けられている役職です。安全な作業手順書の作成、作業者への指導、危険物の管理、災害発生時の対応など、作業現場における安全管理の責任を担います。
労働災害リスクが高い作業現場にて設置される役職のため、選任要件として、その作業に必要な資格を有することが求められます。また、作業主任者の存在や、作業主任者が定めた事項の周知徹底も必要です。
産業医
産業医は、企業における労働者の健康管理を担う医師です。常時50人以上の労働者を雇用する事業場では、産業医を選任することが法律で義務付けられています。 役割としては、労働者の健康診断の実施、健康相談、職場環境の改善に関するアドバイスなどを行い、労働者が健康で快適に働けるよう支援します。
また、産業医は労働者の健康を守るだけでなく、企業の生産性向上にも貢献します。労働者の健康状態がよいほど労働意欲は高まり、ミスや事故が減るため、企業全体の効率化につながるからです。 近年では、メンタルヘルス問題への関心の高まりから、産業医の役割はますます重要になってきています。労働者の心の健康にも目を配り、ストレスチェックの実施や心の健康に関する相談対応などをする必要があります。
安全衛生管理に向けた体制構築のポイント
安全衛生管理体制の構築に当たっては、いくつか押さえておくべきポイントがあります。以下のポイントを踏まえ、適切な管理体制を確立しましょう。
安全管理者と衛生管理者はできるだけ専任にする
安全管理者と衛生管理者は「常時50人以上の労働者を雇用する事業場」という条件だけを考えれば、兼任することも可能です。しかし、安全管理者は事業場の安全確保のため、危険防止措置、安全装置の点検、安全教育の実施、災害調査、消防訓練、作業主任者の監督など多岐にわたる業務を行います。また、衛生管理者は労働者の健康保持のために、健康診断、作業環境調査、衛生教育、健康相談などを行い、労働者の健康状態の把握と改善に努めるなど、こちらも幅広い業務を担います。
両者を兼任をした場合、非常に多くの業務をこなす必要があるため、担当者の負担や作業品質といった観点から考えて、それぞれの役職はできるだけ専任にすべきでしょう。
経営者が主体となって活動に取り組む
企業の経営者は安全衛生管理を重要な経営課題として捉え、従業員にその姿勢を明確にすることも、体制構築の大きなポイントとなります。これにより従業員の安全意識を高め、活動への参画を促せます。
経営者自らが安全衛生管理計画の進捗状況を定期的に確認し、具体的な活動に積極的に関わることで、継続的な取り組みを実施していると示すことが重要です。経営者が率先して安全衛生活動に取り組み、従業員の意識改革を牽引しましょう。
全従業員を管理対象とする
安全衛生管理は、職場全体が一丸となって取り組むべき課題です。正社員だけでなく、契約社員、派遣社員、パート社員、アルバイトなど、すべての従業員がリスクを共有し、安全な職場づくりに貢献することが重要です。
労働安全衛生法では、常時50人以上の労働者を雇用する事業場には衛生管理者の選任が義務付けられており、支店もそれぞれ事業場とみなされるため、複数の事業場を持つ企業は各事業場に衛生管理者を配置する必要があります。それぞれの拠点で、あらゆる取り組みに全従業員を対象とした徹底的な実施が求められます。従業員全員が安全意識を持ち、互いに協力することで、より安全で安心して働ける職場環境の実現が可能です。
安全衛生管理に関する計画・マニュアルを作成する
安全衛生管理体制を構築するためには、それに関わる規程や具体的な行動指針となる安全衛生実行計画、実践的なマニュアルを策定することが不可欠です。規程では、安全衛生に関する社内ルールや責任者の役割、教育訓練の実施方法、災害時の対応といった、安全衛生管理に必要な情報をすべて記載します。
安全衛生実行計画とマニュアルは、年間を通して取り組むべき具体的な目標や施策を定め、安全衛生活動の進捗状況を把握し改善につなげるための重要なツールです。計画を作成する際は、基本方針、数値目標、スローガン、重点実施事項などを明確にし、誰が・いつまでに・何を・どのように実施するかを具体的に定めましょう。これらの計画に基づき、定期的な見直しと改善を繰り返すことで、安全で健康な職場環境を維持することが可能になります。
まとめ
安全衛生活動は、すべての従業員が主体的に関わることで初めて効果を発揮する手法です。特に、実際に作業を行う従業員が安全意識を持ち、危険を予測し、適切な行動をとることが重要です。
そのため、非正規雇用者も含めた全従業員を対象とした安全衛生教育を定期的に実施し、さまざまな教育・訓練を定着させることが求められます。これにより、従業員は健全な環境で働けるようになり、生産効率の向上や人手不足の解消にもつながっていきます。