ホテル業界の今後の市場推移は?今後の動向や課題を紹介
コロナ禍の収束と共に、その回復の道筋は見えつつありますが、いまだ多くの課題が残っています。この記事では、ホテル業界の現在の市場状況や今後の動向、課題などについて詳しく解説します。
ホテル業界の市場規模の現状
2020年以降、世界中にまん延した新型コロナウイルス感染症により、ホテル業界は深刻な打撃を受けました。しかし現在、感染状況の収束やそれに伴う旅行需要の回復により、ホテル業界はその打撃から急速に立ち直りつつあります。
実際、株式会社帝国データバンクが2023年7月に発表した「『旅館・ホテル業界』 動向調査(2022年度)」によれば、旅館・ホテル業界の調査対象企業約800社のうち、約6割が「増収基調」であることが判明しました。また、2023年4月時点までの各社業績推移を基にした2022年度の旅館・ホテル業界の市場規模は3.4兆円に達し、コロナ禍前の水準(4~5兆円規模)へ回帰するまでには至っていませんが、今後も同ペースで業況の回復が進めば、早くも2023年度にはコロナ禍前の水準まで戻る可能性があります。
コロナ禍の収束と共にインバウンド需要が回復したことから、国内旅行客だけでなく、海外から観光目的・ビジネス目的で訪日する旅行客も増えています。さらに東京を中心にホテルの建設ラッシュ、新規ホテルの開業ラッシュが進んでおり、「第三次ホテルブーム」が到来したとも言われています。このようにホテル業界は今、業績回復に向けて強い追い風が吹いています。
参照元:株式会社帝国データバンク 「『旅館・ホテル業界』 動向調査(2022年度)」
ホテル業界のここ3年間の市場推移
ホテル業界の市場状況への理解をより深めるためには、コロナ禍以来、市場がどのように推移してきたのかを知る必要があります。そこで以下では、2020年以降の3年間における、ホテル業界の市場推移を解説します。
2020年は新型コロナウイルス感染症の影響で市場規模が激減
2019年までは訪日外国人観光客の増加や東京2020オリンピックの開催予定により、ホテル業界は全体的に好調な状況でした。しかし、2020年からは新型コロナウイルス感染症の影響で旅行需要が激減しました。株式会社帝国データバンクの「『旅館・ホテル業界』 動向調査(2022年度)」によると、市場規模はピーク時の2018年度の約5.2兆円に比べ、約2.8兆円にまで落ち込みました。
また、ホテルや旅館などの宿泊業の倒産件数も前年に比べて顕著に増大しました。株式会社東京商工リサーチの調査によると、2020年度の宿泊業倒産数は118件で、2013年以来7年ぶりに100件を超える高水準でした。このように2020年のホテル業界は、非常に厳しい状況だったと総括できます。
参照元:株式会社帝国データバンク 「『旅館・ホテル業界』 動向調査(2022年度)」
参照元:株式会社東京商工リサーチ
2021年は地方観光やビジネス需要がやや復活
2021年も依然として新型コロナウイルス感染症の影響は強く残りました。8月には東京オリンピックが開催されましたが、ほぼ外国人観光客の受け入れができなかったため、コロナ禍前に見込まれていたインバウンドの大幅増加は実現されませんでした。また、2020年ほどではないにせよ、コロナ禍を理由に倒産する宿泊業者も相次ぎました。とはいえ、2021年は前年に比べると地方観光やビジネス需要が徐々に増加しました。特に観光旅行では大都市圏よりも自然豊かな地方への旅行が人気を集め、回復の兆しが見え始めました。
参照元:株式会社東京商工リサーチ
2022年はコロナ禍以前の約7割まで復活
2022年は新型コロナウイルス感染症の影響からホテル業界が大きな回復を見せた年となりました。業績改善を後押しした要素としては、新型コロナウイルス感染症に関連した外出制限の緩和や、「全国旅行支援」の導入などが挙げられます。
まず、2022年3月末にはまん延防止重点措置が解除され、行動制限も緩和されたことで人々の生活様式が徐々に元に戻り始めました。次いで、2022年10月には、外国人旅行者の入国規制も大幅に緩和されました。これらの政策により、宿泊者数が急速に増加し、ホテル業界はその業績を大いに改善できました。観光庁の「宿泊旅行統計調査(令和4年・年間値(確定値))」によれば、2022年の延べ宿泊者数は前年比41.8%増の4億5,046万人泊でした。この数字からもわかるように、2022年からホテル業界は急激に回復へ転じています。
参照元:観光庁 「宿泊旅行統計調査(令和4年・年間値(確定値))」
コロナ禍の影響で変化したホテル業界
上記では、新型コロナウイルス感染症の影響を主に市場の推移という巨視的な視点で解説しました。続いては、ホテルの具体的な業務やサービス、そして顧客行動にコロナ禍がどのような影響を与えたのかに着目して解説します。
テレワークに関する設備やサービスが増加
コロナ禍の影響で社会に広く普及したのがテレワークです。コロナ禍では在宅勤務やサテライトオフィスなどが広まりましたが、さらに自宅が仕事環境に適していないなどの理由で、自宅でもオフィスでもないサードプレイスを仕事場として探す人たちも登場しました。また、せっかくなら新鮮な環境で働きたいというニーズから、観光地やリゾート地などで働く「ワーケーション」という働き方が生まれたのもコロナ禍の特徴です。
ホテル業界でもビジネスホテルを中心にこのニーズを捉え、客室に仕事用のデスクや椅子、ネットワーク環境を整えるなど、テレワークに適した環境やサービス、利用プランを提供するところが増えました。宿泊するだけでなく、仕事するための場所としてホテルに新しい価値を付け加えたのです。これにより、観光や出張のために泊まるだけでなく、日中に一時的に仕事するためにホテルを利用する顧客も出てくるようになりました。
Web・SNSマーケティングが活性化
新型コロナウイルス感染症の影響により、ホテル選びの情報源としてインターネットとSNSを利用する人が増加しました。これを受けて、ホテル業界では従来のOTA掲載によるマーケティング活動と並行して、自社の特長や魅力をWebやSNSでPRする動きが活性化しました。
特に多様なユーザーが自由に情報発信するSNSは、観光客にとっても重要な情報ソースになりつつあります。こうした傾向を敏感に察知したホテル企業では、SNSを通してイベント情報やキャンペーン情報、ユーザー投稿を活用した紹介動画などを精力的に発信し、自社の認知度向上や集客に役立てています。
新型コロナウイルス感染症の感染対策を徹底
新型コロナウイルス感染症の流行に伴い、ホテル選びの基準に感染対策が重要な要素として組み込まれるようになりました。そのため、多くのホテルが感染対策に取り組む必要に迫られ、客室の清掃方法の見直しや、感染リスクを下げるための非接触型チェックイン・チェックアウトシステムの導入などの施策を実施しています。
人との接触を減らし、感染リスクを最小限に抑えるこれらの取り組みは、顧客だけでなくホテルスタッフにも安心感を提供します。また自動化などによる業務効率化はスタッフがゆとりをもって勤務に臨み、より質の高いサービスを提供するためにも重要です。コロナ禍で強まった衛生重視の価値観は、アフターコロナでも軽視できない影響力があると考えられます。
IoTやAIなど最新システムの導入
前項でも触れましたが、コロナ禍では感染対策や業務効率化の観点から、IoTやAIによる無人化対応の実現など、デジタル活用が進みました。
例えば、チャットボットを介した予約処理や、客室のスマートルーム化など、デジタル活用によって顧客体験を向上させる新たな試みをするホテル企業が増えています。こうしたデジタル活用は、ホテル業界が現在抱えている人手不足の問題に対しても貢献が期待できます。
旅行代理店を介した予約数が減少
新型コロナウイルス感染症の影響で外出や対面接触が抑制された結果、実店舗での接客に重きを置いていた旅行代理店には軒並み強い逆風が吹きました。ホテルの予約はオンラインからが圧倒的になり、旅行代理店を通したツアーやプランの数は大幅に減少しました。
また、厳しい経営環境により、旅行代理店は数多くの店舗が閉店し、倒産に追い込まれた企業も多数存在します。実際、株式会社帝国データバンクの「全国企業『休廃業・解散』動向調査(2021年)」によれば、2021年の休廃業・解散率は旅行代理店が5.4%、一般旅行業が4.65%であり、これらは調査対象の全業種のうち最も高い結果でした。
参照元:株式会社帝国データバンク 「全国企業『休廃業・解散』動向調査(2021年)」
インターネットによる予約が増加
インターネットを通じたホテルの予約は増加の一途をたどっています。なぜなら、インターネットを活用すれば、感染リスクを冒してまで旅行代理店を訪問しなくても、直接ホテルのWebサイトやOTAから予約できるからです。
MMD研究所が2022年7月に公表した調査データによれば、旅行の予約方法として最も利用される手段はインターネットであることが判明しており、その割合は76.6%でした。なお、インターネット予約で使用するデバイスはPCが53.6%、スマートフォンが42.1%という結果でした。このことから予約サイトなどを制作する際は、PCだけでなくスマートフォンやタブレットにも最適化することが求められます。
参照元:MMD研究所
ホテル業界の今後の動向
2023年5月には、新型コロナウイルス感染症の感染症法上の位置づけが「2類相当」から「5類」に移行しました。これにより、日本は本格的にアフターコロナに突入したと捉えられます。ここからは、今後のアフターコロナにおけるホテル業界の動向について解説します。
宿泊の需要が回復する予想
新型コロナウイルス感染症の影響が緩和し、移動制限もやわらぐにつれ、ビジネスやレジャー目的の宿泊需要は徐々に回復していく見込みです。特にビジネス需要が回復しつつあることも影響して、ホテル業界の回復はビジネスホテルが先導すると予測されています。
政府のインバウンド回復に向けたプロモーション
新型コロナウイルス感染症の「5類」移行と前後して、日本政府は約3年にも渡る入国制限(水際対策)を解除しました。すでに先だって2022年10月にも入国制限の大幅緩和が行われましたが、2023年4月からは入国に際してワクチン接種証明書などの書類提出も不要になりました。
この入国制限の撤廃により、外国人旅行者が日本へ訪問しやすくなるため、インバウンド需要がますます増加する見込みです。そして政府でもインバウンドの回復に向けて、より積極的なプロモーションを行っていくことが期待されます。さらに2022年後半から為替状況が円安に傾いており、外国人にとって日本の物価は相対的に安くなっています。この円安も、インバウンド回復を促進する追い風になる可能性があります。
ニーズの変化にあった付加価値が求められる
コロナ禍による価値観や生活様式の変化により、ホテル利用客のニーズも大きく変化しています。例えば、現在の旅行需要は大規模な団体旅行から、個人や少人数の旅行へとシフトしている状況です。こうした中では、各顧客の満足度を高める付加価値の提供が求められています。
具体的には、ホテルの客室にプライベートの露天風呂を設ける、ファミリー(子ども)向けの料理やサービスを充実させるなど、自社の顧客層に合わせたきめ細やかなサービスを提供することが重要です。また、体験型イベントを企画してオリジナリティーを出すのもよいでしょう。
最新テクノロジーによるDXの促進
社会全体がデジタル化に向けて進む中、ホテル業界もまたその流れを取り込むことが求められています。特に後述する人手不足問題を解決するためには、DX(デジタルトランスフォーメーション)の推進が欠かせません。
具体的には、AIを活用したバーチャルコンシェルジュの導入や、スマートフォンを用いたオンラインチェックイン、IoTを用いた施設管理などが考えられます。これらは、顧客の利便性向上をもたらすと同時に、ホテル側にとっても人員配置の効率化や業務負担の軽減につながる施策です。
ホテル業界の今後の課題
アフターコロナに突入し、回復基調にあるホテル業界ですが、依然として根深い問題が存在します。ホテル業界が順調に回復し、持続可能性を向上させていくためには、以下で挙げる課題への対応が重要です。
深刻な人材不足
新型コロナウイルス感染症の影響は、人材面でもホテル業界に大きなダメージを与えました。感染症のまん延と共に業績が悪化し、雇用の不安定化を余儀なくされたホテル業界からは、多くの人材が他業界へと流出しました。先述のようにホテル業界の業況は現在回復しつつありますが、一度流出した人材はそう簡単に戻ってきません。
実際、株式会社帝国データバンクが発表した「人手不足に対する企業の動向調査(2023年4月)」によると、75.5%のホテル・旅館が正社員不足、78.0%が非正規社員不足と回答しています。せっかく宿泊需要が回復しても、人材不足状態ではその好機をフルにいかすことは極めて難しいです。採用活動の強化やDXによる省人化の推進などを通して、ホテル業界はこの人材不足問題の解決に取り組む必要があります。
参照元:株式会社帝国データバンク 「人手不足に対する企業の動向調査(2023年4月)」
訪日外国人への対応
先述の通り、水際対策の撤廃により、今後は日本を訪れる外国人観光客が増える見込みです。このインバウンド需要をいかすため、ホテル業界は訪日外国人への対応を強化しなくてはいけません。
ここで問題になるのが言語の違いです。ホテルではWebサイトやパンフレット、各種サービス案内などを、多言語対応させることが重要です。外国語に堪能なスタッフをそろえるのが難しい場合には、翻訳ツールを活用するのもひとつの手です。また、文化や習慣の違いに対する理解と尊重も大切です。食事のメニュー、宿泊施設の設備、サービスの提供方法など、異なる背景をもつ顧客が快適に過ごせるような配慮が求められます。
民泊との競争の激化
ホテル業界としては、民泊の台頭も無視できない要素です。近年、多くの観光客は宿泊料金の安さやホテルとは異なる宿泊体験を求めて民泊を利用しています。特に外国人観光客にとって民泊は、日本での疑似的な生活体験やオーナーをはじめとする地元住民と交流できる場として、魅力的に捉えている人も少なくありません。
一方のホテルには、一般的な民泊では提供の難しい高品質なサービスやホスピタリティを提供できるという強みがあります。しかし、民泊へより強力に対抗するためには、観光客がなぜ民泊に魅力を感じるのかを分析し、そのニーズに応えるようなサービスやプランをホテル側で提供できないか検討することが必要です。
施設の老朽化
施設の老朽化も多くのホテルが抱える課題です。日本には、1980年代から1990年代にかけて、団体旅行の需要が高まった時期に建設されたホテル施設が多く存在します。現在、これらの施設は築30年以上経過しており、改修や改装の必要性が増している状況です。
利用客からすると、自分が宿泊するホテルはきれいで快適であってほしいのが当然です。そのため、老朽化した設備や古びた装飾・インテリアは顧客満足度を低下させる原因になりえます。また、老朽化による安全性の問題は、事故や災害時のリスクを増大させ、ときには人命をも左右します。とはいえ、改修や改装には多額の費用が欠かせません。ホテル経営者は、投資の回収期間やコスト対効果、自社の経営状況や市場状況などを考慮し、計画的に資金調達と施設更新を行う必要があります。
景気に左右されやすい
コロナ禍で露呈した、ホテル業界の最大の弱点は、景気や社会情勢に左右されやすいことです。ホテル業界はビジネスや観光といった人々の動きと密接に関わっているため、景気や社会情勢の影響によってその動きが抑えられてしまうと、ホテル経営は途端に厳しくなってしまいます。もちろん、景気の影響を受けるのはどの業界も同じですが、ホテルはビジネス用途などを除いて基本的に不要不急な場所なので、その影響はより顕著に出やすいです。コロナ禍を教訓に、経営者はこのリスクにどう向き合うか検討する必要があります。
まとめ
コロナ禍による打撃から回復しつつあるホテル業界ですが、人手不足や訪日外国人対応など多くの課題が残っているのも事実です。これらの課題を解決するためには、多様化するニーズに合わせたサービス変革やDX推進などの施策が求められます。