「空前の日本ブーム」に乗れない日本企業

最終更新日: 2024.09.19 公開日: 2024.09.18

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本連載は、タイでコンサルティング会社を経営する筆者が、「アジアから見た日本経営」をテーマに、現地で得た情報や考察を書き綴っていく。海外拠点経営に携わる経営幹部、あるいは今後アジアでのビジネス展開を考える読者に向け、ヒントを提供するものとなれば幸いである。

タイでは「生きがいセミナー」が大ブーム

先日、弊社に面接に来たタイ人候補者が私にこう言った。「私のモットーはイチゴ・イチエ(一期一会)です」。
タイのトップ大学を出て流暢な英語を話すエリートの彼が、採用面接の場で口にしたモットーが日本語の言葉だったのだ。

もちろん、彼が日本語スピーカーであれば何の不思議もない。ご存じのように、タイやベトナムには多くの日本語話者がいるからだ。しかし、日本語を学んだことがないタイ人エリートが、日本語のワードを口にするトレンドが最近は顕著に見られる。これは東南アジアで10年以上仕事をする私から見ても、とても新鮮な驚きだ。

コンサルティング会社を経営する筆者は、タイ語でTikTokチャンネルでの発信も行っている。タイ人スタッフが企画・編集をしてくれるのだが、「何について話すのが良い?」と相談すると、開口一番、「“Ikigai(生きがい)”について話すのが良いと思います!」と言われた。ご存じの方も多いと思うが、「Ikigai」は今、海外で最もよく語られる日本語の一つと言って良いだろう。

「Ikigai」という概念は、スペイン人のエクトル・ガルシア氏とフランセスク・ミラージェス氏が2016年に出版した本で一気に世界に広がった。日本人が世界で最も長生きすることに興味を持った彼らは、沖縄県の大宜味村を訪れインタビューを重ねた。その後、著作『IKIGAI』を著して、その概念は世界中でブームとなった。タイでSNSを見れば、多くのスピーカーが「Ikigai」について語っている。他にも、不完全なものを再生する「Kintsugi(金継ぎ)」や、飾り気のない美を表す「Wabi-Sabi(詫び錆び)」など、日本人でも簡単には説明できないような概念が人々の関心を集めている。

かつての日本のイメージと言えば自動車や家電などの「モノ」であったが、今はこうした精神性、「コト」が形作っていると言って良いだろう。訪日客が爆増して日本への関心・理解が全体的に高まっていることもそれを後押ししている。

調査機関Ipsosが2023年11月に発表した「国家ブランド指数」で、日本は前年の2位から堂々の世界1位に浮上した。中でも、「私はこの国で製造された製品を信頼している」「この場所はほかのどの場所とも異なっている」という2点において1位の指標を獲得した。
どこよりも信頼され、どこよりもユニーク。世界からそう思われているのが今の日本である。

昨今、海外で浸透している日本語の一例(画像)

日本ブームに乗れない日本企業

こうした日本ブームが海外での企業活動に好影響を与えているのかと言うと、残念ながらそうとは言えない。先日、在タイ10年を超える日系企業の社長が私にこうこぼした。「10年前は、トップ大学の人材の応募がたくさんあった。しかし今は、2流、3流の大学からしか応募が来ない」。

この傾向は私の認識とも一致する。かつては「あこがれの勤務先」だった日本企業が、徐々に人気を落としてきており、優秀な若者が行きたがらない企業になりつつあるのだ。この傾向は東南アジア各国でもおおむね同様の傾向にある。

問題の原因は一つではなく、複雑に絡み合っている。日本企業が東南アジアに多く進出した1990年代から30年以上が経過し、生産設備や経営システム全体が経年劣化していること。それに対してこの10年以内に進出した中国、韓国、台湾系企業はより新しい企業イメージがあり、また強いオーナーシップを持って進出しているため、柔軟な意思決定ができること。それらの結果、人材争奪戦で負け始めてしまっているのだ。

日本食もアニメも大好き、日本旅行も何度でも行きたい。でも、勤務先としての日本企業はちょっと遠慮したい・・・というのが、残念ながら海外の若者から持たれているイメージなのだ。このイメージを変えていかない限り、海外での日本企業の経営は好転していかないだろうと筆者は考えている。

「モノ」ではなく、精神的な「コト」を伝える

世界で最も伝えベタな日本人

なぜ「日本」という国はこんなに愛されるのに、「日本企業」の魅力は伝わりきらないのか。それを考えるうえで、「生きがい」ブームから学べることがあると筆者は考える。

そもそも、「生きがい」という言葉は平安時代から日本に存在する概念である。それだけ長きにわたり我々が慣れ親しんでいる概念が、なぜ今さら外国人の手で世界に広まったのか。もっと我々自身の手で広めることができなかったのか。

それは、日本人が「言語化して説明する」ということが極端に苦手な国民であるということが関係しているだろう。

禅の概念に「不立文字」というものがある。「言葉に頼るな」という意味だ。本当の学びは、体験しないとわからない。だから言葉で説明しようとせず、ただ座ることで気づきなさいという考え方だ。こうしたアプローチは、武道や芸術の世界において今も存在しており、あるいはモノづくりの世界でも「体で覚える」という指導法は残っていることだろう。人材育成においてハウツー的なマニュアルを嫌悪する日本人が多いのはこうした文化的背景が関係している。

こうした言語化しない特徴のことを、アメリカ人社会学者のE・ホールは「ハイコンテキスト型(文脈依存型)」と表現した。対して、ドイツなどのより明示的にコミュニケーションする文化圏を「ローコンテキスト型」社会と呼んだ。そもそも、世界をこのように二軸で説明しようとすること自体が非常に西洋的である。

ホールによれば、日本人は世界で最もハイコンテキスト(言葉にしない)文化を持つ国だということである。

江戸時代に日本文化を研究した本居宣長によれば、日本人の精神性は「あはれ」の一言に集約されているという。悲しいこと、嬉しいこと、何かの感情が動くこと、これらは全て「あはれ」で表現できる。それが日本人の心だと彼は述べた。これなどはおおよそ正確に説明し尽くすのが不可能な概念であり、ハイコンテキストの象徴であろう。現代人が「あはれ」を口にすることは無くても、「現代版あはれ」のような言葉は職場でもしばしばみられる。「根回し」「ほうれんそう」なども、正しく外国人に説明するのはとても難易度が高い概念である。

多くの日系企業が海外に出て、たかだか30〜40年程度である。千年以上かけて作ってきた文化を、たった数十年で外国人に伝えるのは簡単ではない。「時間をかければだんだんわかるよ」は外国人には通用しない。気が付いた時には、わかってくれる前に会社を去っている。だから、我々はコミュニケーションに対してより真摯になり、努力を惜しんではいけないのである。

日本企業の強みである「会社の歴史」を体験してもらう

伝えられないなら、感じてもらう

そう考えると、「旅行」は日本の魅力を伝える最高の「体験」である。海外の日本ファンは、日本の様々な場所を訪れて得られる印象的な体験に心を奪われる。そこに「日本はこんなにクールですよ」という言語での説明を加える必要はないのだ。

そこで、多くの企業が、海外拠点のリーダー社員を日本に連れて行き、創業の精神やモノづくりの本質を体験してもらうという活動をしている。これは非常に効果がある。単なる報奨旅行にとどまらず、「日本企業の神髄を吸収する研修旅行」という意味をもたせるのは、社員の採用やリテンション上とても有効な施策だろう。

とはいえ、何度も社員を日本に連れていくわけにもいかない。別のやり方は無いかと考えていたところ、先日ある企業との会話からヒントが得られた。その会社は、採用面接の際に、会社紹介と称して「自社の歴史」を写真などを使って魅力的に語るようにしたそうだ。そうしたプロセスを経て入社してくれた社員は、高いロイヤリティを感じて自社にとどまり続けてくれているという。

「歴史を理解する」ということは、その会社の歩んできたストーリーを疑似体験することである。まるで映画を見るように会社の歴史を伝えることで、人の気持ちを動かすことができる。数字の羅列ばかりの会社紹介では、そうした疑似体験的効果は生まれないことに注意したい。

日本企業の経営資産を考えたとき、「歴史」というのは今後重要な強みとなる。アジアで長きにわたってビジネスをしてきた日本企業には、新興企業には真似できない信頼の蓄積がある。それを再評価して、上手く活用していくことも重要であろう。

参考:アンホルト-イプソス 国家ブランド指数(NBI)

アンホルト-イプソス 国家ブランド指数とは

2008年から毎年実施されている、国家ブランド力を評価するグローバル調査。60ヵ国を対象に「輸出」、「ガバナンス」、「文化」、「人材」、「観光」、「移住と投資」という6つのカテゴリに関する認識を調査することで国家のブランド力を測定している。

2023年、新たに追加された共通関心属性は、国家の評判にとって重要性を増しているトピックを探求するもので、下図6つの属性は、世界経済におけるリーダーシップや国内の安全性など、さまざまなトピックをカバーしている。

NBI 2023 トップ10ランキング表

共通関心属性上位3か国ランキングの表

出所URL:Ipsos「アンホルト-イプソス国家ブランド指数」

この記事を書いた人

中村 勝裕

Asian Identity Co., Ltd.

CEO

中村 勝裕

愛知県常滑市生まれ。上智大学外国語学部ドイツ語学科卒業後、ネスレ日本株式会社、株式会社リンクアンドモチベーション、株式会社グロービス、GLOBIS ASIA PACIFICを経て、タイにてAsian Identity Co., Ltd.を設立。「アジア専門の人事コンサルティングファーム」としてタイ人メンバーと共に人材開発・組織開発プロジェクトに従事している。愛称はJack。

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