東南アジアにおけるアグリ・フードテックの成長と活用
食料廃棄やロス削減が急務とされる一方、2050年には世界人口が90億人に達する見込みで、食料不足が懸念されている。さらに、コロナ禍やウクライナ危機によるフードサプライチェーンの分断は社会問題となった。本稿では、こうした中で注目されるアグリ・フードテックの市場動向や東南アジアでの活用余地について論じる。
目次
世界の食農分野における社会課題とアグリ・フードテックの役割
まずは、アグリ・フードテックが注目される背景と、提供可能なソリューションの全体像について論じる。食農分野では、図表1に示す通り、さまざまな社会課題が存在している。例えば、水や土壌などの「資源」に起因する課題、生産や流通の「供給プロセス」に起因する課題、消費者の「消費」に起因する課題、さらには、フードサプライチェーンを取り巻く「自然環境」や感染症、国際情勢の変化といった「予測不能なリスク」に起因する課題が挙げられる。これらの課題の重要度は地域によって異なる。
欧米では、食農分野の脱炭素化や中長期的なたんぱく質不足といった、先進国特有の中長期的課題が注目を集めている。また、最大の生産国かつ消費国である中国では、水資源の枯渇や土壌汚染などの環境問題に加え、アフリカ豚コレラの流行やウクライナ危機に伴うフードサプライチェーンの乱れへの対応として、強靭で透明性の高いフードサプライチェーンの構築が急務となっている。
さらに、今後の発展が期待されるインドや東南アジア地域(シンガポールを除く)では、零細農家の低労働生産性や非効率な多層流通構造、伝統小売が根強く残っているため、フードサプライチェーン全体が非効率である。このため、明確な市場のペインを解消するデジタル農協的なマーケットの創出が求められている。シンガポールでは、コロナ禍によるフードサプライチェーンの遮断により、食料の安定調達への関心が高まり、自国の食料自給率の向上が喫緊の課題となっている。
こうした課題を解決するべく、図表2に示す通り、アグリ・フードテックではさまざまなソリューション(技術・サービス)が存在している。活用される技術は、IoTやAIといったソフトウェア・ハードウェア技術から、再生医療技術(培養肉)や遺伝子工学(ゲノム編集育種)などの最先端技術まで多岐にわたる。
グローバルにおけるアグリ・フードテックの投資動向
グローバルでのアグリ・フードテック領域におけるスタートアップの投資動向を見ていくと、図表3に示す通り、欧米がこの領域を牽引し、次いで中国・インドが追随する構図となっている。コロナ禍(〜2021年)では、コロナ特需の恩恵を受け、ネットスーパーやフードデリバリー、流通プラットフォームをはじめとする小売・流通IT基盤への投資が集中していた。しかし、2022年の欧米での利上げによる市況悪化の影響で、ハイテク企業を中心とするスタートアップへの投資が縮小した。その結果、アグリ・フードテック領域の投資トレンドも、小売・流通IT基盤を中心とした中流・下流の領域から、生産領域といった上流へと移行した。
各地域・国での投資動向(注力するソリューション)は、抱える課題に応じて異なっており、図表4に示すように分類できる。この領域を牽引する欧米では、前述の中長期的な食農課題を解決すべく、技術イノベーションが求められる最先端技術(培養肉や植物肉、ゲノム編集など)や脱炭素領域への投資が集まっている。一方、中国では、より強靭なフードサプライチェーンを構築するため、国内で重要性が高い第一次産業の業務自動化(スマート畜産・農業)に注力し、さらに欧米に追随する形で最先端技術にも注力しつつある。
また、インドやインドネシアをはじめとする東南アジア地域では、中国と同様に業務自動化のソリューションや、フードサプライチェーンを効率化するソリューション(FtoB型・FtoF型の流通プラットフォームやネットスーパーなど)への投資が集まっている。
東南アジアにおけるアグリ・フードテックの投資動向
東南アジア地域での投資動向をより詳細に見ていくと、図表3に示す通り、投資規模は依然として限定的ではあるものの、他地域・国と比較して高い市場成長率を持っていることがわかる。また、シンガポールとインドネシアでの投資が大部分を占め、当領域を牽引している。
シンガポールでは、自国の食料自給率向上を目指して、植物肉や培養肉などの代替たんぱく質への投資が積極的に行われている。また、海外スタートアップの誘致を促進するための規制緩和(ノベルフードの販売許認可プロセスの整備など)も積極的に実施されている。その結果、特に培養肉分野において、自国で先進的な技術を有するスタートアップ(Shiok MeatsやUmami Bioworksなど※)が誕生・成長するだけでなく、この分野をリードする欧米のスタートアップ(Eat Just(米)やUpside Foods(米)など)も積極的にシンガポールに進出し、スタートアップのエコシステムが形成されつつある。
インドネシアでは、第一次産業従事者の低労働生産性を解決するため、特に漁業や養殖分野を中心に、IoTやAIを活用したソリューションへの投資が盛んに行われている。スマート漁業・養殖に取り組むeFishery(インドネシア)は、2022年以降の大規模な資金調達により、養殖事業者向けにIoTソリューション(自動給餌システム)を提供するだけでなく、ファイナンス、資材調達、製品販売を支援する包括的な統合ソリューションへと事業を拡大している。
一方、その他の東南アジア諸国(タイ、フィリピン、ベトナムなど)におけるアグリ・フードテック領域は、前述の2ヵ国と比較すると発展途上にあり、先進的な技術を用いたソリューションは限定的である。しかし、フードサプライチェーンの効率化を図る小売・流通IT基盤への投資が集中している。
東南アジアにおけるアグリ・フードテック活用の方向性
東南アジア地域に拠点を有する食農関連企業にとって、勃興するアグリ・フードテックのスタートアップを活用することは、新規事業への進出や既存事業の強化につながる。我々アーサー・ディ・リトルは、東南アジア地域におけるアグリ・フードテックの活用方向性として、図表5に示すように4つの方向性があると考えている。
1つ目の製品ポートフォリオの拡大については、代替たんぱく質やゲノム編集育種など、スタートアップが有する最先端技術を活用することで、自社の研究開発や製品・サービスの拡大を狙うことができる。ただし、東南アジア地域では、最先端技術を有する地場スタートアップは限られているため、東南アジア地域外のスタートアップと連携して事業を展開することが多い。実際、タイの大手F&B企業であるThai Unionは、イスラエルの培養肉スタートアップであるAleph Farmsに投資し、またCP Foodsは同じくイスラエルのBelieverに投資して自社事業の領域拡大を図っている。
一方で、他の3つの方向性については、フラグメント化された地場ネットワークの構築が鍵となるソリューションが多く、自国事情に詳しい地場スタートアップが重要な役割を果たしている。これらの地場スタートアップへの投資を通じて、提携先の業務改善や、フラグメント化されたフードサプライチェーンの効率化・接点強化につなげることができる。たとえば、タイの食肉加工大手BETAGRO社は、地元の農家とレストランをつなぐ流通プラットフォームを展開するFreshket(タイ)に投資するといった例も見られる。
これまで見てきたように、世界規模で食料事情の不安定さが増す中、アグリ・フードテックの重要性は日増しに高まっている。特に明確な市場の課題を抱える東南アジア地域では、アグリ・フードテックのソリューション(技術・サービス)に対するニーズは大きいと考えられる。本稿を通じて、読者にはアグリ・フードテックを単なる社会課題解決の手段としてではなく、自社の事業を加速させる手段として捉え、活用余地を検討していただければ幸いである。