ASEANの経済構造の特徴と分析時の視点
日本と深い関係を有する地域でありながら、捉えどころの難しいASEAN。本記事では、ASEANを理解するための土台として、この地域の外資・輸出主導の経済構造に焦点を当てつつ、外資誘致を巡る地域全体および各国の動向を分析する際の着眼点について、具体例を交えて解説する。
外資・輸出主導の経済構造
東南アジアに位置する10ヵ国で構成される東南アジア諸国連合(ASEAN)には、1万社以上の日本企業が進出しており、日本のビジネスマンにとって比較的馴染みのある地域である。約7億人の人口と約3.6兆ドルの域内GDPを誇るASEANの基本的な経済構造について、改めてその特徴を説明したい。
ASEANは、1980年代後半から域内経済協力の柱として「集団的外資依存輸出指向型工業化戦略」を掲げ、文字通り外資と輸出が経済成長を主導する経済モデルを目指してきた。その成果はデータでも見て取れる。
例えば、設備や住宅への各種投資額を表し、GDPの主要項目の一つである総固定資本形成に占める海外直接投資(FDI)の割合を見ると、ASEANは世界的に見て、その割合が一貫して高い(図表1)。また、輸出の相対的な規模を図る単純な指標として、2022年の実績である輸出額/GDPを見てみると、ASEAN全体ではその割合が54.5%で、世界平均(31.0%)を大きく上回っている。さらに、国別で見ても主要国の多くがより高い数値を示している(図表2) 。
こうした戦略の成果もあり、近年では経済成長が著しく、消費市場としても注目されつつあるASEAN。しかし、米中対立の影響もあり、他国・地域と比べて中立で安定しているASEAN地域が海外投資先として選ばれる蓋然性が高いと考えられる中では、この外資・輸出主導型の経済構造を志向する流れは、当面大きく変わることはないと筆者は見ている。
前述の経済構造をある程度所与とした場合、ASEANと向き合う上でどのような視点が重要かを次にご紹介したい。
グローバル情勢に左右されるASEAN
まず一つ目は、グローバル情勢の分析なくしてASEANの将来を見通すことはできないという点だ。外国からの投資を受け入れ、貿易でも世界と繋がっている以上、これは当然のことであるが、大国やグローバル企業の動向にASEANは大きく影響される。
例えば、米中対立の影響を受けて、中国から製造拠点を移すグローバル企業が増えているが、米アップル社もその一社である。昨今、ベトナムやタイにおける同社のサプライヤーの進出が急増しており、特にベトナムはアップルサプライヤーの立地企業数で初めて世界第4位に浮上した。アップルは他のグローバル企業と同様に脱炭素に非常に積極的で、各サプライヤーに対し、2030年までに自社に提供する全製品を100%再生可能エネルギー由来の電力で製造することを要求しており、現在ではほとんど全ての企業がその要請に応じている(図表3)。そのため、今後FDIを誘致するにあたっては、ASEANでも再生可能エネルギーの調達環境が重要になると見込まれ、各国はこの国際的な潮流に対応していく必要がある。
FDI誘致競争から見る隣国動向の重要性
加えて、もう一つ注目すべきポイントは、FDI誘致を巡るASEAN各国間の競争である。ASEANは、より魅力的な投資先となるよう、単一市場化などを目指す協調行動を地域全体で進めているが、一方でFDIを巡って域内で互いに競争している。例えば、最近では米マイクロソフトのナデラCEOが5月にASEAN各国を歴訪した際、訪問した3ヵ国(インドネシア、マレーシア、タイ)のうち、タイのみ具体的な投資額が示されなかったことがタイ国内で話題となり、もっと積極的にデジタル関連の制度整備を進め、隣国よりも魅力的になることでFDIを促進すべきといった記事が現地の主要英字紙に掲載された※1。
こうした事象は、ASEAN各国が互いを競争相手として意識していることを表しており、仮にASEANの1ヵ国を深く分析する場合でも、その行動の背景となり得る隣国の動向を把握しておくことが重要である。
※1 Editorial. (2024, May 6). Catching the AI wave. Bangkok Post